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AARよさらば!我が代表堂々退場す─。半生を振り返り得たDJ論ならぬ人生論
はじめに
※当記事は「Anti-Aging Record Advent Calendar 2024」の記事になります。
みなさんこんにちは。
2024年度Anti-Aging Record代表を務めましたKotonoha-Pです。
いよいよアドベントカレンダーも最終日となってしまいました。
そしてこの記事の執筆をもって僕の代表としてのお仕事も終了です。
なんだか感慨深い…。
さて、思えばAARで過ごした3年間いろいろなことがあって大変でした。
コロナ禍だったり部員不足で廃部の危機(大げさ)だったり…。
でもそれらを乗り越えるために僕ら幹部陣死ぬほど頑張りました。
そのおかげで少なくとも僕が見てきた中では今までで一番多い新入部員を獲得することが出来たり、数多くのDJイベントに部員たちを出演させることができました。
自分で言うのもなんですが今までで一番AARを盛り上げた幹部陣という自信があります。運営の手助けをしてくれたキノコたけのこコンビに感謝!
でも、こういう風に自信を持てるようになったのは最近のことで、
去年まではいちDTMer, DJとしての自分に絶望を感じていました。
そこで当記事では、
「DTMerおよびDJとしてのKotonoha-P」の半生を振り返りつつ、
AARの代表を務めあげたうえで僕が学び得たことを
徒然なるままにしたためていこうと思います。
自分語りになってしまいすみませんが、
お付き合いいただけますと幸いです。
Kotonoha-Pの半生
音ゲーとの出会い
僕がDTMを始めたのは中学3年生くらいの話だったと思います。
当時僕は教室及び部活動でもいじめを受けていたため、
人目を避けつつ怯えて暮らしていました。
そんな中数少ない友人たちに誘われて始めた音ゲー(CHUNITHM)が
僕の転機となりました。
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僕はそこで初めて「音ゲー曲」というものに出会い、
どっぷり沼に浸かっていきました。
当時はTeam Grimoireに死ぬほどドハマりしていた覚えがあります。
「TiamaT:F minor」とか腕が壊れるまで回してた。
CHUNITHMはいわば僕の救世主です。
気の合う友人たちとの出会いをたくさん生み出してくれました。
学校が終わったあとに
「ゲーセン行こうぜ!!」
って
クソデカい声をかけてくれる仲間ができたんです。
当時学校が嫌で嫌でしょうがなかった僕にとって
これはうれしくてしょうがなかった。
僕のことをよく知っている方はお察しだとは思いますが、
そんな仲間のうちの一人がKeyvell.だったわけですね。
Keyvell.(@Keyvell_1701)さん / X
此奴の曲はすごく良い
DTMとの出会い
そんなこんなで学校→ゲーセンで音ゲーの黄金コンボを決める毎日。
そんな中、Keyvell.から誘われたのもあり僕はDTMを始めました。
当時僕が使っていたのはCakewalkです。
無料音源しか使っていなかったのもあり当時投稿していた曲は
聞くに堪えないものばかりでした。
添付したのは高1かそこらの時の自作曲。
今聞いてみると本当にひどいものですが、
物怖じせずに投稿していたのは偉い。
転機:UnderTale界隈でちょっとバズる
下手の横好きで作曲を続けていた僕。
当時の心境としては、
「まあどうせ売れんし金かけて頑張るのもあほらしいか」って感じで、
あんまり真面目にDTMを続ける気はありませんでした。
そんな中、僕がYouTubeにあげたある楽曲が
なんか小バズりしました。
それが上2つの曲。
前者がDEVILOVANIAという楽曲のRemix。
これはUndertaleの二次創作ゲーム(巷ではAUという)である
「Storyshift」ボスキャラのChara戦BGMをアレンジしたもの。
これが海外の方々にちょっと受けて再生数やフォロワーが伸びました。
今でも僕のYouTubeチャンネルで5万回以上再生されており、
再生数は断トツトップです。
そして後者はDustTaleという、
これまたUndertaleの二次創作ゲームである
「DustTale」ボスキャラのSans戦BGMをアレンジしたものです。
これは日本の方にめちゃくちゃ拡散されました。
というのも、この曲をその界隈の万垢絵師さんが
えらく気に入ってくださったため、とんでもない勢いで広がりました。
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思わぬ形で初めて自分の作品が形となりました。今でも大切な宝物です
この2つのバズり成功体験を得て
僕は自分の作品に価値を見出せるようになりました。
そしてこんなことを思うようになります。
「もっと良い曲を作っていろんな人に聞いてもらいたい!」
こうして僕は今までよりもっとDTMに真剣に取り組むようになりました。
DJとの出会い
さて、バズったのと同じ高校1年生の時期に
またもやKeyvell.からお誘いを受けました。
「おいエビ(当時のあだ名)!DJをやってみないか???」
というのも私達は当時TANOC TOUR 2019に行ったばかり。
あのREDALiCEさんやLaurさん、USAOさんのDJを
間近で見たばかりなのです。
僕らは彼らにあこがれ興奮冷めやらぬうちに、勢いだけで
高校1年生にしてDJデビューをかましたわけです。
AARとの出会い
そして2022年春。僕はAARに入部します。
入部のきっかけはTwitterのツイートでした。
大学受験も終わり、
これからいく大学に面白いサークルがないか探していたところ、
AARの入部案内ツイートを目にします。
DTMとDJをやっているサークルがあるのか!
ということを知った僕は直行しその日のうちに入部します!
って二つ返事した記憶があります。
ただ、当時のAARはBowneさんのnoteでも紹介されていたように、
コロナ禍のせいでかなり活動が小さくなっていました。
そのせいかは分かりませんが、2022年前期のAAR新入部員は
なんと俺1人だけ。
(本当はもっといたけど実質的に活動していたのは僕だけだった希ガス)
あまり知られていませんが
たけのこが入ってきたのは2022年後期、
キノコが入ってきたのは2023年前期、
人不知君が入ってきたのは2023年後期なんです。
なかなかDTMについて語れる友人が出来ずに当時は苦労しました。
そんな中気にかけてご飯に連れてってくれたり、
作品についてアドバイスをくださったりしてくれた先輩方には
感謝しかありません。改めてこの場を借りてお礼申し上げます。
ま~そんなこんなでAARの一員として活動していると、
あのイベントがやってきます。
そう、MTMですね!!!!
【DJイベントのお知らせ】
— 名大作曲サークルAnti-Aging Record (@AntiAgingRecord) June 3, 2022
Mix The Music #4
6/11(Sat) 11:00~16:40
6/12(Sun) 10:00~16:00
名古屋大学東山キャンパス 第八集会室
久々の名大祭でのDJイベントをやります💪多種多様なDJによるオールジャンルパーティーです!是非お越しください!
(⚠️名大祭の入場は予約が必要です) pic.twitter.com/TdmlFUoYJF
この時はコロナ禍での開催ということもあり入場には予約が必要でしたが、それでも一般の方に僕のDJを目の前で見てもらう機会というのは
実に3年ぶりでした。その前が確か高校1年の時の文化祭くらいですからね。
そしてこれをきっかけにBowneさんから
実際に現場で回しているメチャデカDJさん方への
紹介をもらうことになります。(けーほわさんとかLuciaさんとか)
せっかく紹介ももらえたし、これからは現場に出られるように頑張るぞ~!
と思ったのもつかの間、ここから暗黒時代が始まります。
他人への羨望や嫉妬、そして自身への絶望
僕にはDJ活動を始めるにあたり2つほど問題がありました。
それは、たばこの煙が苦手なことと
知らない人に話しかけに行くことができないことです。
前者に関してはもうどうしようもありませんでした。
当時僕が最初期に行ったサブカル系のイベントでは
ほぼ8割くらいの人がタバコを吸っていたのもあり、
そんな閉鎖空間に6時間いた結果僕はバカほど体調崩しました。
なので今でも長時間イベントでは定期的に外に出るようにしています。
後者に関してはみんな一度は経験した苦労だと思います。
皆さんも知らない人に話しかけるのは
勇気のいることであったとは思いますが、
クラブという空間でそれを行うのはかなりハードル高いです。
しかもその上で「俺もDJしたいんですよ」って話しかけられますか!?
少なくとも未だにいじめのトラウマを抱えていた私には無理でした。
そんなこんなでこの2つの問題を抱えたまま
無理にクラブに行き続ける日々が続き、
僕は貯金と精神をすり減らし続けていたわけでございます。
詳しくは前回のnote参照。
そんな状態で大学2年生。
コロナ禍も明け、イベントも活気を取り戻してきたころ。
僕と同時期にDTMやDJを始めていたKeyvell.はこの年大躍進を遂げ、
東京のハード界隈で名を馳せていました。
そのほか僕のゲーセン時代の友人たちも様々なことを成し遂げており、
僕だけがやりたかったことを何もできず、
取り残され続けている感覚がありました。
そこにあの大新星、NegitoroがAARにやってきます。
彼は本当にすごい人です。僕が当時のDJ歴5年弱ほどなのに対し、
彼は1年たたないうちに県外オファーを受けるほどになっていきました。
後にも先にもこんなやつはなかなかおらんでしょう。
情けない話ではありますがここでちゃんと言っておこうと思います。
僕は彼らに嫉妬していました。
俺だって頑張っていたのにどうして…。
そんな感情がずっと膨れ上がるのです。
そんなことを思ってしまう自分にも嫌気が差します。
最初のうちは負けじといろいろ頑張りました。
DJMixをとって公募を出しまくったり、
VOCALOID方面に転向してボカコレに投稿したり。
でも結局駄目だったんです。
出した公募は全て落ち、楽曲も500再生が関の山でした。
その一方で彼らはDJ,DTMの両面においてどんどん活躍していきます。
ちょうどKeyvell.は初の海外リリースをしていたかな~
差が広がるばかりの中で僕は
周りの人間が自分を見下しているのではないか?とすら
感じるようになっていました。限界状態すぎる。
そんなおぞましい発想をしてしまったことにひどく嫌悪した僕は
DTMとDJをこの年を最後にやめるつもりでいました。
こんな感情を抱えながら向き合うようなものではないからね…。
しかし、有難いことにこんな状態の僕を
気にかけてくれる優しい方々がおりました。
けーほわさんとLuciaさんですね。
けーほわさんは落ち込んでいた僕に叱咤激励を飛ばしてくださり、
現場で動く上でのいろはを僕に仕込んでくれました。
Luciaさんは当時出演が一度もなかった僕を
自身が主催するイベントに呼んでくれました。
しかもいつか僕がイベントを主催するときに参考になるようにと
運営のお手伝いまでさせてくれました。
お二人のおかげでどん底にいた僕は何とか立ち上がることができました。
今でもこのことに関してはすごく感謝しています。恥ずかしいのであまり面と向かっては言わないけど。
【大狂宴、決行──。】
— Kotonoha-P/みにばんぱれす (@ebifurai0114) October 20, 2023
日本で最大規模となるであろう
Electroswingパーティ「SWING×HOLIC」が
MIRAI NAGOYA(@MIRAI_NAGOYA_X)さんにて開催決定!
エレスイ界の重鎮たちを筆頭に新進気鋭のこれからを担う若手エレスイDJたちが勢揃い!おそらく二度とお目にかかれないであろう大狂宴を見逃すな! pic.twitter.com/qlZYpEuL4S
↑当時運営のお手伝いと出演をさせていただいたイベント。
これのおかげで自信がつき、
クラブに行って音楽を楽しみながら人と話すという
当たり前の動きが出来るようになりました。
本当にありがとう…
AAR代表に就任、変わる考え
そんな中で2024年。
同期が少なかったのもあり僕はAAR代表に就任します。
この時、14期生として活動してくれている子たちも少なかったのがあり、
・新入部員を増やすこと
・部室の活気を取り戻すこと
が急務でした。
そこで僕が思いついたのが、DJ斡旋でございます。
このDJ斡旋には狙いが2つありました。
1つはDJ活動はDTMに比べて続けやすいため、
そちらに力を入れることで新入部員を確保すること。
そしてもう1つはせっかくDJに興味を持ってくれた新入部員たちに
現場に出られなかった時の自分のような惨めな思いをさせないこと。
この2つを達成するために2024年代表の私は結構頑張りました。
MTMも今までとは比べ物にならない規模でやったりとか。
【重大告知】
— 名大作曲サークルAnti-Aging Record (@AntiAgingRecord) May 26, 2024
今年も名大祭でやります、MTM!
今回は
・TechnoTUT
・A.I. Tech
・BouncY
・Rave 2 Rave
からゲストDJが参戦!
そしてゲストVJ
・小南めぐる
・RESONANCE HEARTS
さらに公募を勝ち抜いた実力派DJ
・K-White
・had
をお迎えして過去最大規模でお送りします!#mtm_aar #名大祭 pic.twitter.com/MObuHY5FnT
その結果、今年の新入生からはなんと5人も現場DJが誕生しました。
・SAKu
・とりかか
・茶森
・Kawabata
・くろぴか
…俺すげえ!(5人がすごいだけ)
とまあこんな感じでなんともきれいに狙い通りの結果が出ました。
そしてこういった活動のおかげで
AARの名前は栄のクラブ界隈全体にも知れ渡ることとなりました。
有難い限り…。ありがとう後輩たち…
そのほかいろいろ代表としてやってきた仕事はあったわけですが、
その結果この年のAARは非常に盛り上がってくれました。
今までサブ活動だったDJがメイン級にまで上り詰め、
名実ともにAARはDJ・作曲サークルとなり、
この年の入部者は最終的に約10人ほどになりました。
今では部会の後に誰かがB2Bを部室で始め、
その裏では各々悠々自適に作曲をしたり、
デュエマのデッキ回しをしていたりしてます。
俺が1年生の時には絶対に見られなかった光景が広がっており、
感無量です。
こうして俺は、何もなくて嫌いだった自分から脱却して
ようやく「そこそこ頑張ったAAR代表」になることができたのです。
#mtm_aar
— とりかか🌸 (@toririkaka) December 1, 2024
仲間 pic.twitter.com/T2YtkMbmFF
良い笑顔。
3年間を得て学び得たこと
こうしてAARにて激動のDJ・DTMerとしての人生を歩んだKotonoha-P。
今振り返ってみて思うのは自分の幼さと周りの人のありがたさ。
でもそんなありがたい周りの人たちとの関係性を得たのも自分です。
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だからこそこれから創作者として引き続き歩みを進めていくうえで
僕が意識すべきことは
等身大の自分を受け入れて、マイペースに成長すること
なんだと思います。これが僕の学び得たことです。
僕は中学でいじめにあったとき、
人なんてあてにならないって思ってたんですよ。
ところが今ではいろんな人に助けられたり、
自分もいろんな人を助けて今この立場にいるわけです。
全くつくづく人というのは1人では生きていけないのだとわからされます。
しかしそういった人の縁はさっきも言ったように
自分が呼び寄せたものです。
そう考えると案外今の自分ってのも悪くない気がしてきませんか?
僕はまだ周りの人たちに追いつけていません。
それどころか差をつけられ続ける毎日です。
でも、俺とそいつらは違うんです。
どうあがいても俺はそいつらにはなれないし、
そいつらも俺にはなれません。
そこそこ頑張って後輩にもちょっと好かれてる(?)AARの2024年度代表には
俺以外の誰もなることはできないんです。
だから私は今なら胸を張って言えます。
俺は俺自身のことがなんだかんだ好きです!
そんな俺を気にかけてくれる周りの人たちも大好きです!
さて、最後までこんな長文を読んでいただきありがとうございました。
もう代表ではなくなってしまうので
今まで偉そうに書けてた肩書がなくなってしまいますが、
また新たな誇れるものを探しに、ゆっくりいろいろやっていきます。
その時にまたお世話になることがありましたら、
よろしくお願いいたします。
そして、今までお世話になった方々に、改めてこの場をお借りして。
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それでは、またどこかでお会いしましょ~う!!!
P.S. こんなnote素面では書けない