完璧人間
身萄悠は、古アトランティス語のミ・ド・ハール・カ、に着眼して、ハルカと呼ぶ名を名付けられた。名字もちょうどよかった。みどうはるか。両親は学校の先生であってアトランティス大陸が好きだった。
ミ・ド・ハール・カの意味とは、『完璧』。
身萄悠は、うまれながらに完璧であることを宿命づけられた女性になったのだ。
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教育熱心な両親は、『完璧』であれと、0歳児の頃からクラシックやリスニングCDを聴かせ、知育玩具だけで遊ばせた。幼稚園児になるとギリシアやメソポタミア、そしてアトランティスの教育書を読み聞かせられた。完璧であれ、完璧であれ、蝶よ花よ……、悠はそうして箱入り娘とはいかないまでも、超人であるようにして教育されて小学校までを卒業した。
中学に入ると、国語や数学など、現代の勉学を教えられた。政治、経済にいたるまで、職業教師である両親が指導した。
母は、悠が女であるので、女の美容師を雇って、中学生ながらに美容指導も徹底させた。
高校にあがるころ、悠は、どの角度から、どの側面から見てもうつくしくうるわしく完璧な、絶世の美少女となっていた。
なめらかな獣の皮のように光を乱反射する黒髪、黒髪に映える天使の輪っかとよばれる髪のツヤめき、腰の下まで伸ばされた髪の一筋ですら完璧に美しい。適度な運動を日課にされている悠は、早朝に走っているので、スタイルも均整がとれていてマネキンのように完璧になった。
表参道などを親とともに訪れると、芸能や、美容院などのスカウトがどっさりと名刺をくれる。そんなことは通学路でも起きて悠の日常だった。
大学生になった。親が熱望して、古代史を専攻することとなった。メソポタミア、ギリシア、アトランティス……。古代史の世界はふかい。しかも女生徒はすくない世界だ。
悠はモテにモテて、学年、いや大学での人気者で、教師ですら彼女とくちをきくと少年の目の色に戻った。
大学を卒業して、悠は、学芸員としての道を志した。これも両親の希望である。悠をひとめみると選考員の誰もが目も思考も奪われてうっとりする。悠はあっけなく、とある博物館のスタッフとして就職が決まった。
誰の目にも、親の目にも順風満帆の悠の人生。
だった、が。
ところが、20代を過ぎても、悠は結婚をしない。
それどころか恋すらしていないのでは、とやっと母親と父親は気がついた。
30歳の誕生日に、男性たちから(それに、悠にあこがれる同僚や、博物館の常連で悠が大のお気に入りのご年配や少年少女やありとあらゆる年代の人間たちから)贈られたプレゼントで両手の紙袋をいっぱいにして、悠は帰宅する。オーダーメイドの特製誕生日ケーキを親と食べた。
食べたのち、母はたずねた。
「悠。悠、そんなに貴女は素敵な良い子なのに、どうしてかしら? どうして恋人を連れてきてくれないの? 素敵な方ならそんなにたくさんいるじゃない。結婚しないの? ねぇ悠」
「お母様」
悠は、美しい肌を、肌色も微塵も変えずに、単調なトーンで解答した。
「お母様。わたしは完璧な人間です。完璧な人間というものは、恋なんて穴に落ちるものではありませんよ?」
END.
(アトランティスうんぬんは創作です)
(10月は、~1000字以下、1000字前後でこんなテイストを練習したい)
読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。