秘伝の裏レシピ

我が家には、秘伝のレシピがある。ものごころついたとき、親戚があつまって新年会をしていた。その折りに叔父と母が、今やうぐいすばりの廊下となりはてた母屋のながい廊下の片隅で、こそこそと相談しているのを聞いた。

「うちのレシピがお隣さんに……」
「誰に知られとん……?」
「「始末せにゃ」」

トイレに行く途中。話を聞いた彼女は、なんのことやらぜんぜんわからないのに、背筋が寒くなって胃袋がひきつった。
異常。異様に寒々しいムード。母と叔父はまるで殺人の相談事を秘めやかに交わしてるかのように、静かだけれど真剣で、そして怒っていた。

けれど、まだ幼い彼女だ。当日の夜はひとり布団でガタガタ震えるなどしたけれど、日が経つにつれこんな怖い夜のことは忘れていった。

思い出したのは、結婚が決まり、結婚式を挙げた、翌日だ。

「はるちゃん。あんたに、我が家の秘伝のレシピ、教えてあげる。これは絶対に誰にも知られちゃいけんレシピだから。誰にもヒミツにするんよ」

母は、知らない女になっていた。本家に呼び出して、地下壕に彼女を連れていき、秘伝のレシピでできているといって釜の中身を見せた。
「――う」
瞬間、彼女は、吐きそうになった。

「この家、もともとは稲荷さんが鎮座しているところに建てられたそうよ、土地がなくって、きちんとお清めと嘆願もして、うちの裏庭に稲荷さんには移ってもらっておるけど。たまにお参りしてるでしょ、あれよ。でここは戦時中、防空壕にもなったんだけど密閉に失敗して、なかの人らは蒸し焼きになって死んでしもうた。その人らが煮詰まったものがこれ」

淡々と、もくもくと、説明する母。母は、異次元の存在であるかのように、急に人間味がなくなった。
今にも吐きそうな彼女を冷淡な目で見て、そのうち馴れてもらわならんからね、と告げた。

そうして、釜の蓋は閉めた。

「これは裏レシピや。とっておきの料理をふるまうときに、隠し味に使いなさい。にんげんのこころに直接、味が届くから。言うことを聞いてくれるようになる。旦那、アタシはどんな男かよくしらんけど、あんたに暴力ふるったり言うことに逆らう日がきたりしたら、これを使いなさい」

「わ……、わかった」

雰囲気に押されて同意する。秘伝のレシピ。秘伝のものがなにやらぱんぱんに詰まっている古い釜。目を凝らせば、それは防空壕にわんさかと並べてあった。母は最後にしゃんとした声で命令した。
「あんた、子どもができたら、その子が成人したらこのレシピを教えてあげんなさい。我が家の秘伝のレシピだからね。わるいようには、ならないんだわ。これを使うと」
「わかった」

脂汗がにじむけれど、なにか、どこかで合点する。自分の家は古いし村の隅にあってどこか煙たがられている感じがするけど、でも村でいちばんの土地を所有していちばんの権力がある家だ。その理由を知ったのだ。

未洞遙は、こうして、秘伝の裏レシピを継承する。



END.

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