3つ数えておしまい
嫌なことがあると遥は3つ数えておしまいにしている。1、2、3、ハイおしまい。もう終わり。考えるのはやめよう。
今回も3つ数えようとした。けれど、両目が軋んでぎりぎりする音がする。歯ぎしりして遥は校舎裏のゴミ集積場の前に立ちすくむ。教科書やらノートやら、遥の私物が破かれて捨てられていた。暮れた夕明りが明暗をゴミに陰として刻んだ。歯がぎりぎり。1、2、……1、2、1、2、気がつくと遙の数え歌は2までだけを繰り返すようになった。3までいかない。3まで数えたくない。壊れた。
どんなに温厚でおとなしく静かに、両親に習ったとおりに振る舞おうとしても。
世の中、うまく行かないことはある。
だから、遥は、1、2、1、2、とたんなる合図をくちずさみながら、ある日の下校時間に野球部からくすねた金属バットを掃除用具入れのロッカーから取り出した。授業が終わって間もなく、生徒は全員が教室にいる。遥は、フルスイングしながら、1、2、3、4、5、6、と今度はちがう数字をカウントした。遥をターゲットにしてあれこれしてきた女の子たち。彼女たちが殴られて流血して床に昏倒する。6人全員をやっつけると、遥は血まみれ金属バットの先端を床につけて杖みたいにした。体重をかけて、すとん、と魔法のコトバをくちずさむ。
「3。おわり」
1、2、3……。ハイおしまい。
やっといつものリズムが遙に戻ってきた。
教室は大騒ぎで教師も駆けつけてくるが、数え歌を終えた遥は冷静だった。にこりとして先生に金属バットを引き渡した。遥の視界の隅に、床にできた血溜まりの中のキーホルダーが入った。貝殻を抱えた女の子のそれは、アニメのキャラのようだ。人魚のようだ。
人魚姫は声を失う話だ。ふと、遥は、職員室に何人もの教師軍団に連れて行かれながら、先生に質問した。
「声をあげられなかったんです。先生。でもそれは先生もですよね? あたし、イジメられてたのに、杉浦先生だって見ないフリしていました。先生も声をあげてくれなかった。なぜ、と聞きましたね。だからですよ先生。あたしも杉浦先生もクラスの皆も声をあげなかったから、だからバットを振ることにしました。カンタンでした、こっちのが。先生たちも、やっと、あたしの声を今は、聞こえるようになったじゃないですか!!」
今までは聞こえないフリだったんだ。遥が確信するほど、教師たちは遥の声を聞いた。
人魚姫だって王子を殴ればよかった、職員室に押し込められながら、遥はしみじみした実感に安堵する。答えがわかると、安心だ。
1、2、3、と数えて、肺をふくらませた。
END.
読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。