悪霊のこ30年後(たんぺん怪談)

セックスレスになって、もう10年か。だから、この痛みと吐き気、怖気や不快感は、つわりではなかった。生理にしても随分と軽くなったし、先々週にいちおうあったので今は違うはず。

今井丸香は、トイレのドアを閉めながら、今日もおもたく息を吐いた。このところずっと、何時の頃からかずっと、体調がそれとなく悪い。丸香の横をふたりの息子が通った。
「母さん、しょんべんなげぇ」
「いってきまーす」
「あいよ。気ぃつけて。自転車には注意して!」
あーい、と二人揃っての返事。
40代もなかばの丸香は、また、今後はこっそりと喉の奥で溜め息した。自然と自分の口を突いたセリフで中学生のときの友人が思い起こされる。
癖っ毛のロングヘアに、黒い瞳。当時流行ってたラインで何を書いても『うけるwwwwwwwww』など無責任に好き放題なことを書いては笑いあっていた。水戸宇遥という名の丸香の親友だった少女。
彼女は、道の角でトラックにはねられて死んでしまった。

「は~あ……。肩もおっもぉい」
スーパーに向かう前に、四十肩をぽきぽきいわせる。これも歳なんかなぁ、丸香は思う。

自分は自転車にのって、昼間のあぜ道をベルを鳴らす事も無く快適に走行する、が、
「うわっと、あぶな」
ふと車輪が横向き、自転車事故が起きかける。丸香はいつの間にやらドジな主婦で、乗用車にはねられそうになったり、自転車から転げ落ちそうになったり、日常茶飯事だ。
しかし、丸香は、自分に呆れても反省はせず、今日も自転車に乗ってスーパーを目指している。

スーパーの前に、小道がある。わざわざそこを通って、角に差しかかるとペダルから足を下ろして自転車を停めた。
道路脇にしゃがんで、今はなにもなくなった、なんの変哲もない地面に手を合わせる――。
昔、親友だった遥が亡くなってすぐ、この場所で同じことをしたものだ。
丸香はしばしの黙祷を、もう40年近く昔に亡くなった親友へと捧げた。

「……さて、と」
カンカン照りの太陽にあぜ道が照らされる。自転車を進めるなり、ごう! 目の前を猛スピードのトラックが過ぎた。
「うわ、あっぶな。轢かれる!」
丸香にはよくあることだが、丸香は運転手の乱暴運転に怒って、喉を張り上げてせめてもの怒号を響かせた。「コラーッ! 気を付けろ!!」

次に、車はもう来ないか確認してきょろきょろして、自転車は手押しする。スーパーよりも先にコンビニが見えた。
あ、そうだ、帰りにコンビニアイスでも買おう。丸香はなんてことなく思う。丸香は日常の住民なのである。


昔――、10年くらい前の同窓会で、かつてのクラスメイトで、今でも連絡先は交換してある友人、イオこと高見伊尾は、丸香に呆れた。
なぜだか丸香は知らないが、地元を離れて東京暮らしをしている高見伊尾であるから、自分は野暮ったく田舎くさく見えたのかもしれない。コンビニを見ていると丸香は彼を思い出す。コンビニに、よく立ち寄って、雑紙などの立ち読みなどしていた姿が記憶によみがえる。

10年くらい前の同窓会で、高見伊尾は呆れて丸香に言った。
「おまえ、よく平気だな、そんなんなってて……」
「まあ……、なんていうか、……守護霊? ていうやつなんかな」
「おまえの守護霊、あいっっっかわらず、キョーレツだよな」

「はあ?」

丸香は、中学生が『なにいってんだコイツ』とばかりに反応するように、イオに呆れた。眉を寄せて、変なこと言わないでよ、と釘を差した。

なぜだか、そんなことも思い返しながら、しかしほんと、生理でもないしつわりでもないのに、体は重いしなんかだるいなー、なんてことも思う。これが寄る年波か、なんてことも、思う。

丸香が思うのはせいぜいそれぐらいで。

今日も、よく晴れた空の下で、いつも通りに自転車を漕ぎながら、丸香は専業主婦のお仕事としてスーパーへの買い出しに出向くのだった。
田舎町は平和で、丸香の今日もおおよそは平和であるだろう。




END.

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