香味なる光明な虫が

高名な手口ではあるが、世界は踏破できぬほど広かった。

「人魚まで食うたんに、あのバガ高ぇ腐肉はなんだったんや、わしゃ死ぬんか」

また、詐欺か。人魚の肉と言ってなにか変な生き物の肉を喰わせる輩か。
法師は到着するなり落胆した。しかし、その色は見せずに落ち着きはらって患者の背中をなでた。死は恐ろしくないことを説く。誰にでも同じ結末を与える、平等なる摂理を知らせる。

「だがわし喰ったんよ、人魚の肉!! わしゃ死なんカラダになるって言われた!!」

「その夢もまた人間の性でしょう」

「騙されたんか!! 騙されて死ぬんか!! わしに詐欺師を恨んで死ねとおっしゃるんか!!」

「言うとりません。うらんではいけません。死んでは、なりません。あなたがまだ生きたいと望むのなら…、。この難所、ではわたくしも祈ります。山場を超えましょう」

祈りは届かず、一晩の祈りのうちに老人は天に召された。周りの者が、ばか、あほう、好き放題にののしった。人魚の肉なんてやっぱり嘘っぱち、ウソつき、だまされて……。

死人にムチうつ言葉を聞きながらも、死者の体を埋葬する。
しかし、法師は知っている。経験として。
この死者も掘り出されて人魚の肉を喰った者の肉、人魚に恋をされんかった哀れな男、そんなふうに流れてゆくのだ。

不幸も不運も、そして愚かさすら、香味となる。
それに縋る者にとっては甘美なる最高の香辛料となる。

法師は、特に礼も言われずにほんの少しの葬式代を懐にしまって、次の旅に出た。光明が森の道先を照らしていた。

光とはなんと罪深きものか、ふと、そう頭の裏に囁きが沸いて出た。蛆虫のようだ。


END.

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