9話:志賀高原で池めぐり【付録】日本一高い標高2307mのパン屋さん横手山頂ヒュッテ
7月猛暑の頃に、涼しい高原歩きを楽しもうとやって来た志賀高原。
ここで2日に渡って湿原や池をめぐり、暑さを忘れてトレッキングを堪能することが出来た。
(そのお話はのちほどご案内🍃)
その疲れを休めた宿が、標高2307メートルにある横手山頂ヒュッテだ。
「日本一標高の高いパン屋さん」として全国的に有名な場所だが、この宿泊施設はそもそも家族経営の小さく静かな宿。
現在は6~7部屋で宿泊者に対応している。
ここでは携帯電話の電波もネットもうまく繋がらず、宿の予約は直接固定電話にかけるかFAXで。その電話もなかなか繋がらず、わたしの家にはFAXが無いので仕方なく往復はがきで何回も通信して、ようやく予約がとれたのだった。(昭和か~い?!)
ここへ行くには通常、「リフト」と「スカイレーター」を乗り継いで行くか、徒歩で登山するのだが、実は山頂に宿泊者用と車椅子等使用者専用の駐車場がある。大変わかり難い私道ルートながら、クルマにて登らせていただいた。
バリケードっぽくて、拒まれているような感じがするのだが、脇の方からおずおずと侵入させていただいた。奥の建物は全く関係無い施設で、山頂ヒュッテに行くには、ここから私道の山道を5分ほど登って行く。
標高が上がるにつれて、霧が出てきた。
横手山頂は、星空観察の絶好スポットで、今夜のお楽しみだったのだが‥‥
まあ、それはそれとして、お腹も空いてることだし美味しいパンを楽しみに標高2,307メートルへ向かう。
横手山頂ヒュッテに到着。
駐車場は広くはないが、クルマを停めさせていただき、荷物を降ろした。
正面階段の向かって右側には、車椅子用の昇降リフトが設置されていて、バリアフリー対応されている。
夕方なので、「日本一標高の高いパン屋さん」は閉店していて人気が無かった。
中に入ると、静かなフロントのそばに、見ると車椅子に乗った高齢の女性が一人で佇んでいた。
挨拶を交わしたが、お客さんだろうか?
とりあえずチェックインを済ませよう。
対応したのはヒュッテの若主人で、呼び鈴を鳴らしたらキッチンから飛んできてくれた。
車椅子の女性のことを尋ねると、先代の奥さん(つまりご自身の親?)だと教えてくれた。ここで生活しているらしい。
宿泊室は、ワンフロア下の階に集約されていて、同じ階に浴室もあり、
「1時間入替制の家族貸し切り」で使えるとの事だった。
宿泊室はどれも4人部屋という事で、広縁や踏み込みのある余裕の8畳間。温水シャワートイレと洗面台、そしてテレビが付いている。
布団は自分で敷く。
宿泊室の窓からは、こんな景色。
今日は霧のために、近くの林や遊歩道が見えるだけ。
それでは、ちょっとヒュッテ内を探検して来よう🎵
まずは浴室。
バリアフリーとまでは言えないが、ある程度の広さがある。
4人くらいはまとめて入浴できそうだ。
脱衣室の入口には時間表が掛かっていて、希望する時間枠に記名してしまえば、早い者勝ちで貸し切り使用できる。
玄関に行ってみる。
多量の薪が積んであり、壁には先代夫妻(ヒュッテの創建者)のイラスト入り看板が。
イラストの奥さんのお顔が、まさにさっきいらした車椅子の高齢女性のまんまで、ハッと驚かされた。ご主人の方は亡くなられたという事だった。
内玄関には、夏にもかかわらずピカピカのスノーモービルが。
あらためて表玄関を眺める。
日中はここのパンを求めて、多い日には1000人ものお客が来ることもあるそうだ。
こちらは、パン屋さんのイートイン用ダイニング。
部屋続きの外テラスでも、自由にパンを食べることが出来るようになっている。
明日に備えて、すでにピカピカに整えられていた。
その奥には、宿泊者の専用ダイニングが用意されている。
こちらの方がテーブルが広くて、料理がたくさん並べられそうだ。
その更にいちばん奥には、サンセットルームがある。
建物西側の角部屋で、見晴らしのいい造り。
天気が良ければ日没がどれだけ美しいかと、想像しただけで胸が高鳴った。
サンセットルームには、見たことも無い太さの丸太を用いた机、そして椅子。フロアには望遠鏡が2台、置かれていた。
ここは夜更けまで自由に出入りできるので、今回は霧で景色は全滅だったが、ここで旅のノートや絵葉書を広げて、静かな時間をタップリ楽しんだ。
このサンセットルームの壁には、青年時代の令和天皇のお写真が何枚も飾られていた。どれも、この横手山とヒュッテに滞在中のものらしく、冬スキーを楽しまれたご様子で、ヒュッテの先代主人や奥さんも一緒に笑顔で写っていた。
サンセットルームから出ると、ダイニングの隅の揺り椅子に、先代の奥さんの姿があった。近くの車椅子から自力で移動したようで、椅子をユラユラ揺らしながら寛いでいる様子に見えた。
ちょっとお話してみたくなって、わたしは隣の椅子に座らせてもらった。
「今日はお世話になります」とか何とか挨拶したら、奥さんは問わず語りでいろいろなことを話してくれた。
パンのことなど何も知らずに、大阪からお嫁に来たこと。山の上だから普通のやり方じゃパンが焼けなくて苦労したこと。「霧吹きで霧を吹くと、美味しく焼けますよ、やってごらんなさい」
とても優しい穏やかな話しぶりだ。
「今日はこんな霧だけど、お天気の日は下までずーーーっと見えますよ。わたしがテラスで手を振ると、北アルプスの人が望遠鏡で見えたよって、知らせが来るんです。山の上は静かでいいですよ。」
なんだかすごい話だな。とても満足そうに語っておられる。
でも山の上は不便なことは無いのだろうか? ひんしゅく覚悟で聞いてみた。
「不便なことはあっても、自分で工夫すればいいんです。わたしはパンが大好きなんです。わたしの体はパンで出来ているんですよ。」
先代の奥さんは、素敵なご隠居ぶりだった。
もっともっとお話していたかったが、お風呂を申し込んだ時刻になってしまったので、行かなければならないのが残念だった。
ダイニングやフロントがあるフロアと、宿泊フロアをつなぐ階段には、車椅子使用の奥さんのための昇降リフトが備え付けられていた。あくまでも個人用のリフトだけれど、お願いすれば体が不自由な宿泊者にも使わせてもらえると、スタッフのかたから聞いた。
横手山頂ヒュッテは、日本一標高の高いパン屋さんであるだけあって、その食事は朝も夜もこだわりのパンが供される。従って、パンがお好きでないかたには向かないという点と、ここに連泊した方からは若干だが米の飯が恋しいという談を聞いた。
しかしながら、ワインや地ビール、地酒も用意され、事前にオーダーすればおつまみ等も各種拵えてもらえることになっている。
今夜のパンは、野沢菜のピザ。
半切りのバゲットに、甘辛く煮た野沢菜とチーズがとろける。
ポットパイのクリームシチューには、チキンやマッシュルーム他、野菜が煮込まれてアツアツで手が出せない。
お隣の煮込みハンバーグは、ゲンコツ大の手ごね。薄味で肉そのものとタマネギのおいしさ柔らかさが引き立って、混じりっ気無しのせいか、ボリュームあるのに食後の胃が重くならない。
山頂では貴重な生野菜のほか、和え物はミョウガの風味、蕗の煮付けには たまらず白いご飯が欲しくなった。(笑)
食後には、クルミとバナナのパウンドケーキとラテ。
食事の時間中は、コーヒー等がおかわり自由になる。
(その他24時間、お湯、お茶、紅茶、冷水などが自由に使える)
夕食が終わる頃には、宿泊室の入り口にランプが(電気だが)灯る。
部屋に戻って、壁に掛けられた山の絵などを眺めてゆっくりする。
宿泊案内のファイルがあったので、手に取って開いてみる。
「ごあいさつ」とあった。
‥‥ご滞在中、横手山の魅力と共に日本一高い所での手作り料理と自家製の焼きたてパンをこころゆくまでお楽しみください。標高2307メートルの山の上ですので、下界のようなサービスには行き届きませんが、お客様のご要望にお応えできますよう心掛けておりますので、なにとぞよろしくお願い致します。‥‥
いや、本当にじゅうぶんにおもてなしをいただいた。
今夜は、霧の晴れ間が少しでもあったら、隙間から星を見てやろうと、夜中に何べんも窓の外を見に起きたが、とうとう濃霧が晴れることは無く、やがて迎えた朝も深い霧に包まれていた。
早朝の散歩。
横手山頂では、キスゲの花が真っ盛りで、ヒュッテの周りも花畑のようだ。
見上げた建物に、自分の部屋の窓も見える。
気温は11~12℃くらい。UNIQLOのウルトラライトダウンを着用して歩く。
近くのリフト乗り場まで行ってみたが、霧が立ち込めてミステリアスな空気が漂うばかり。
こちらは、2019年に同じ場所で撮った写真。
この時は、パンをご馳走になってリフトで帰った。
2024年に戻って、こちらは横手山のスキー場への遊歩道。
冷たい霧と静寂に包まれて、下界の暑さも日頃の喧騒も忘れる。
霧に濡れたキスゲの花。
誉め讃える言葉も失うほどに美しかった。
散歩から帰って朝ごはんをいただく。
プレートのおかずに、焼きたてのクロワッサンとミニブレッドが供された。
こちらで出されたもので、何がおいしかったって、それはもうこのクロワッサンに他ならない。
昨夜のご馳走も丁寧に拵えられて大変に結構なものだったが、この1品に凝縮されたパン屋さんのハートに参ってしまった。
このような高い山頂で、手の掛かった料理をいただき、お湯にゆっくり浸かり、ふかふかの布団で寝かせていただいた。
手入れの行き届いたヒュッテでの、心地良い納涼と寛ぎの時間は、これからも決して忘れることは無いだろう。
いわゆるハイシーズンの平日泊だったが、大人1名16500円(税込)。
大変お世話になりました。
【宿泊のご注意】
旅行中に発生したごみは、ヒュッテに持ち込まずに自宅まで持ち帰りましょう。山のマナーと同様にという事です。
ヒュッテでは生活に関わる水を全て400メートル下からポンプで汲み上げています。大変貴重なものなので、トイレや入浴はじめ万事節約して使いましょう。
(おしまい)
旅の【付録】横手山頂ヒュッテの記事をお読みいただき、
ありがとうございます。
志賀高原の旅の【本編】はこちらになります。
よろしければご覧になって下さいませ🍃