あの世の旅と風景印の物語
こんにちは
今日は長いお話になります
🍂🍂あの世の旅と風景印の物語🍂🍂
◼️最期の望み◼️
よりによってあの世の旅のお話なんですが、あの世ついでに少しだけ、わたしの最期の望みを聞いていただけますか?
わたしは何の財産もありませんが、ひとつだけ棺桶に詰めてもらってあの世まで持って行きたい大切なものがあります。
何冊かのノートになります。←かるく20冊以上
それには、数十年にわたって日本中を旅して、その旅先の郵便局でもらった【風景印】という美しい消印が押されていて、旅先の雑感なども書き付けてあるものです。
あの世まで持って行けたら、昔懐かしい故人の人たちに見てもらい、娑婆はこんなにおもしろい所もあったよと、話の種にして盛り上げたいものだと。
それが最期の望みであります。笑
さて、そんなわたしが、先日ちょっとした不注意で、エスカレーターの下から4段目のところで飛び降りたハズミに、着地し損ねハデに転倒してひっくり返るという事故を起こしてしまったのです。
よほど打ち所が悪かったのでしょうか。
近くにいた人が駆け寄り、声を掛けてくださったのに返事も出来ません。別の人が119番に電話してくれたのを、有難いようなホッとしたような気持ちで見ていました。
その時です。
自分がいつもと違うことに気付きました。
一部始終を、傍らから眺めていたのです。
はて?
これはどういうこと??
まさか、わたし、死んだ?!
よくよく自分の身体を眺めましたが、派手に出血してる箇所も無く、寝てるような顔で横たわっているじゃないですか。
事態の真相はわからぬままでしたが、肉体から抜け出た魂だけのようになったわたしは、妙にいい気持ちてじっとしていられなくなり、その場を立ち去ったのです。
無責任なようですが、物質的な生活のことは瞬間的にどうでもよくなりました。
それよりも、これからあの世にいくのであれば【あれ】を持たなければ!
そう思ったわたしは、フラリと揺れて風をかわしたとたん、もう自分の家の庭先に立っていたのでした。
部屋に入って本箱のところへ…
そう考えただけでもう本箱の前にいて、手には1冊のノートがあります。
これこれ。
日本の旅と風景印の物語…
わたしは本箱から次々と、20冊程あるそのノートを取り出して、近くにあったリュックに詰めたのです。
急ぐことも無いのですが、長居は無用で住み慣れた我が家に別れを告げました。
家族は出払って誰の姿もありません。
最後に言い残したい言葉もあったような気もしましたが、もはや過去のこと。わたしはリュックひとつを背負って、あの世の旅へと気持ちを切り替えました。
ところで、
あの世って、どっちだっけ??
よくよく考えたらさっぱりわかりません。
自宅へはリンク出来たようなんですが、あの世はいくら念じてもリンク出来ません。
魂だけになれば、どんな場所へもすぐ行けるとか聞いたような気がしましたが、そう甘くもないようです。
◼️魂の旅◼️
そこで試しに、死ぬまでに行きたかった【槍ヶ岳】をイメージしてみました。てっぺんに登るより麓から眺めるのがいいな…
そう思った途端するりと風をかわしたわたしは、もう眼前に広がる槍ヶ岳のパノラマに圧倒されていたのでした。
冬のはずなのに冠雪も無く、それどころか緑が溢れ太陽が高くギラギラと輝いています。
爽やかな風の流れに乗って、しばらく槍ヶ岳とそこに連なる山々を探訪しました。
…そうだ、せっかくだから風景印をもらおう!
呑気な話ですが、わたしは麓の高原まで降りてきて、郵便局を探しました。吸い込まれるようにやって来たのは長野県の島々郵便局でした。
小さな郵便局でお客は誰もいません。
中に入っても魂だけのわたし。どうしたものかと隅の方に立っていたら、カウンターの奥から声が掛かるじゃないですか。
「風景印ですか? こちらへどうぞ」
年配の男性局員さんがこちらを見ています。
(押してもらえるのか?!)
わたしは期待を込めて山野植物の切手をノートに貼り、カウンターへ持って行ったのです。
物静かな感じの局員さんは、とても丁寧に、注意深く風景印を押して、図案の説明をして下さいました。
どうやら場所だけでなく、時間も移動してしまうらしく季節はまだ夏です。
「たくさん風景印を集めたみたいですね。栃木県の足利郵便局へは行きましたか?」
局員さんがおっしゃりましたが、わたしは行った事がありません。
「あそこには、変わった形の風景印がありますよ。笑」
へえーー、と思って【足利郵便局】に興味を抱いた瞬間、するりと風をかわしてわたしはもう、その場に立っていたのでした。
魂だけで自信が無いまま、カウンターで「風景印お願いできますか」と声を掛けてみました。
まだ若い男性局員さんが元気よく「どうぞどうぞ」と応対してくれます。
わたしはノートの準備をしました。
足利といえば藤の名所があります。張り切って藤の切手を貼りましたが、江ノ島デザインなのが少々微妙…
それでも局員さんは大いに張り切って「足利郵便局の風景印は、丸じゃないって、知ってます??」と聞いてきます。
「いえ、知りません」
「ここのね、葉っぱがとんがった所が、少~~しだけかかるように、押しますからねッ!!」と、気合いじゅうぶんです。
季節はまた遡って春になっていました。
「足利学校は、もうご覧になりましたか? この風景印のとおりですよ」
親切な局員さんにお礼を言って、わたしは足利学校へするりと移りました。
なるほど、風景印と同じ建物が広々とした敷地に並んでいます。手に持ったノートと見比べて、わたしは満足しました。
(そういえば、中尊寺の金色堂も、たくさんの予算を投じて大修理が終わった所だったな。生きてるうちに見ておきたかった…)
あらぬことを想うや否や、わたしはゆらりと風をかわして岩手県の中尊寺参道に立っていました。
木々は紅く染まって、季節は秋のようです。
おびただしい伽藍を風のように参拝しながら、わたしは奥の【金色堂】へやって来ました。
なるほど、金箔も螺鈿もすべて解体修理されたとあって、奥州藤原氏100年の繁栄を偲ばせる絢爛たる居住まいで、眼福でした。
…せっかくなので、中尊寺郵便局にも寄ってみよう…
「えとあの、風景印をお願いできますか?」
おずおずと声をかけてみました。
「どうぞ」
なんだか事務的な感じですが、反応してもらえたのでよかったです。
金色堂の前で もみじが紅く綺麗だったので、紅葉の切手を貼りました。
局員さんは手際よくサッと押してしまいましたが、見事な押印です。
観光地だから手慣れているのでしょうか。
日が暮れてあたりが静かになると、わたしは草葉の陰に入って休みました。
魂には大きさがあるようで無いですから、ちょっと休むには草葉の陰でじゅうぶんです。蛍か何かになったような気分で、夜空を眺めて過ごしました。
そんなある日のこと。
持病の偏頭痛が出てきて、我ながら驚いてしまったのです。魂だけなら痛みや苦痛から解放されるんじゃなかったのでしょうか?
何処へでも行けてお腹も空かない体に慣れ始めていたので、ちょっと意外でした。
魂だけになってからというもの、眠ったことが無い日々でしたが、この時ばかりは痛いあまりに気が遠くなり、しばらく人事不詳に陥っていたようでした。
◼️閻魔殿◼️
夕焼けのような茜色をまぶたの裏に感じて、わたしは目を覚ましました。
なんでしょう、荒涼とした景色の中に、変わった形の古めかしい建物が並んで、それらが日没後の空の下で赤黒いシルエットになっています。
気がつくと、酷い頭痛は治まっていました。
他に行くあても無いわたしは、吸い寄せられるようにその古めかしい建物に近づいて、大きくて重い門を勝手に押し開け、中へ入ってみたのです。
なんと、その門の中はおおぜいの人でいっぱい。なんの集まりでしょう。
奥にある一番大きな建物に額縁が掛けられていたので、傍へ行って見てみました。
「閻魔殿」と書いてあります。
どうやらここは、死者を天国行きと地獄行きに振り分ける、閻魔様がいる場所。いよいよこんな所まで来たからには、あの世への旅も終わりが近いなと、嬉しいような嬉しくもないような複雑な気持ちになりました。
チョイチョイと肩をたたく人がいます。
振り返ると、飲茶屋のおじいさんみたいな格好の人でした。
おいでおいでと招かれてついて行くと、さっきの閻魔殿の裏口から、中へ入るようにと案内するじゃないですか。
こそこそ入ってみると、中では閻魔大王が休憩中。当節流行りのアドベントカレンダーから、今日のお菓子を取り出そうとしているところでした。
「おお、来たか。」
ワクワク顔を真顔に戻して、閻魔様がこちらを睨みました。
噂に聞く程の迫力ではありませんが、若干の恐怖感を抱くにはじゅうぶんです。
「オマエは、寿命未満で予定外の事故をおこしたために、資料不足でな、天国行きか地獄行きかの判断が出来ぬのじゃ」
それでまさかの呼び出し?
「なにか判断材料になるような物は、持ってないのか?」
そう言われても、何が材料になるのかこちらも判断できないし。
「その背負い袋の中身はなんじゃ?」
「はぁ、この中には冥土の土産にするためのノートが入っています」
「なに?帳面だと? そんな物が土産になるものかのぅ。出してみよ。」
言われるままに、旅と風景印のノートを閻魔様の前へならべました。
自慢のノートですから、これを読んでもらえたら天国行きかも知れないと、わたしは微かに期待しました。
閻魔様は人事処理のトップ官僚だけあって、書類に目を通すのも凄いスピードです。あっという間に20冊のノートを読み終えて、わたしの方に向き直りました。
何を言い渡されるのでしょう…
「なかなかおもしろかったぞ。日本という国は趣のある土地だと承知してはいたが、このような帳面は一読に値する。」
「ありがとうございます…」
「まだ何も書き付けていない帳面が3冊あったが、それは何じゃ?」
「ああ、それは…、気にいった帳面がなかなか手に入らないので、先々のために買い置きしておいた物です」
「そうか、先々のためにか。 突然の事故で気の毒だったな。」
(‥‥)
「ではこうしよう。幸か不幸か、オマエはまだ病院の寝床で生死の境地を彷徨っておる。そこで、オマエに帳面3冊分の寿命を呉れて遣るから、娑婆へ戻り帳面の続きを書くがよい。」
「そんなん、アリなんですか?」
「…運が良かったと思え。そして最期まで帳面を綴り終えたら、必ずや携えてまた此処へ来るのだぞ。続きを楽しみにしておる。」
なんだか嬉しくなって、閻魔様にお礼を言…
思った傍から、フラリと風が吹き抜けた途端に、大きな閻魔大王の姿は一瞬で消えて、あたりは闇に包まれたのでした。
◼️結(むすび)◼️
次に気がつくと、わたしは案の定病院のベッドの上でした。
何日眠っていたのかはわかりませんが、命拾いしたのでしょう。
ノート3冊分の寿命か…
よ~し、
天国行きをキメるためにも、
いい風景印を集めて物語を書くぞ~!
退院して家に帰ったわたしは、さっそく旅の支度を整えて、書きかけのノートをいそいそとかばんにしまい込みました。
そこに、驚きのツブヤキnoteが飛び込んできたじゃないですか!
六角形の風景印があったなんて!
もう、じっとしてなんかいられません。
ノート3冊分の寿命、思いっきり使わせていただこうじゃありませんか!
(えーと、なるべく長生きするためには、物語をサクッと短文で仕上げればええのかな?)
いやワタシ、長文になりがちで…
困ったな!
(おしまい)
📮郵便局でのやりとりは、どれも本当の体験談で、
実在する局員さんのエピソードです(笑)
🍃ほんとうの「日本の旅と風景印の物語」の帳面です(笑)