ブランドの作り方を考える
(3418文字、読了まで約5分)
ブランド構築は「覚悟」だと思う。
有名な2000ドル決裁権の話が、
ホテル・リッツカールトンのブランドを語る上では欠かせない。
ご存知の方も多いと思うが、下のリンク先を引用すると、
元々ホテルマンだった僕は、過去勤務していた際に、
近所にリッツが出来たので見学に行ったこともあれば、
かつての同僚がこのホテルで働き始めたこともあった。
当時リッツの決裁権のことは有名で知っていたので、
外資系のホテルは羨ましいなぁ。
と思ったのをよく覚えている。
他社のしりぬぐい
上記文中にあるエピソードで、
ある結婚式で司会者が「ケーキ入刀」を、
「ケーキ入場」と見事な言い間違いをしてしまって、
後日両家の親族からクレームを貰ったとある。
うんうん、ここまではよく分かる流れだ。
しかし・・・
まず・・・この顧客は遠慮を知らない(笑)
しかも、このケースはリッツが悪いわけではない。
外部の司会者の言い間違いだ。
それをクレームして、最高額のワインを頼んで、
自分たちが行ったことをもし平然としていられるなら、
厚顔無恥も甚だしいと思ってしまうが・・・
結果、出したらしい。
(詳細は上のリンクでご覧下さい)
それを、自社のクレームとして対応した。
そういう事例だからこそ、伝説を紡げる。
アメリカでは・・・
似たような事例がアメリカにもある。
かれこれ10年前に読んだ本には、
ノードストロームという百貨店のお話が書かれていた。
そこでは【販売していない】
タイヤの返品を受けたという。
(真偽のほどは確かではないらしいが)
当時、この本を読んだとき、
たかだかタイヤの返品の金額くらいで、
これくらいの宣伝効果があるなら、やるべきだ!
と、浅はかにも思ってしまった自分がいた。
しかし、いざ自分が経営している会社になったら、
売上とは血が滲むような努力から成り立つことを、
まざまざと思い知る。
同じことをできるか?
その立場に立ってみて、僕にはムリだと思った。
「ブランドを築く」とは、経営者の覚悟だ。
そこには上っ面だけではない、
「顧客至上主義」を、自分のみならず、
スタッフにも骨の髄まで染み渡らせる覚悟がいる。
悪用?されるからこそ「ハク」がつく
もう少しかわいいものだが、
僕もそういうサービスに特化した飲食店にいたので、
ある程度のオン・ザ・ハウス(店の奢り)
での提供を、経験してきた。
リッツでいう、「決裁権」と同じだ。
その職場でも、感動のエピソードを生み出したことがいくつかあるが、
それこそ毎日の営業が挑戦だった。
あるときそのお店のコンセプトごと、
とあるカラオケを主体にした有名な企業が、
マルっとパクってお店を出したことがある。
場所は渋谷の一等地だった。
当時の上司が偵察に行ったら、
メニューの表記の仕方までパクられていたが、
根底の本質の部分はてんでダメだった。
と笑いながら言っていた。
ブランド物は、いわゆるパチもん、
バッタもんと言われるものが生まれるのは世の常だ。
がしかし、ブランドになったものには、
簡単には真似できない本質がある。
二番煎じと上辺だけ
その本質をマルっとはパクれなくても、
エッセンスをパクっていたところは多数ある。
がしかし、結局は本家を追い抜くことは至難の業だ。
本家以上にコンセプトの浸透を行い、
その情熱を持続させられるほどの背景が伴わないからだ。
なので、エッセンスで終わってしまう。
かのリッツですら、大阪はたくさんの伝説を生み出せたが、
東京では残念ながらそこまで話題には上らなかった。
本来であれば、同じコンセプトであり、
かつ開業チームも同じであれば、
(リッツには開業専門の部隊がいる)
同じ様に伝説を紡げてもいいはずだが、そうはならなかった。
なにより、当時の大阪の総支配人が、
東京オープン時に異動してきて総支配人になった。
トップが移ってきたのだ。
全て、整っていたはずだった。
ではなぜ―――?
やはり人ではなかろうか
以下は推測であり、全く根拠もない。
ので、戯言としてお納めください。
大阪オープン時に採用したスタッフと、
東京オープン時に採用したスタッフとでは、
背景が違ったはずである。
というのも、既存のスタッフの一部が、
大阪から東京へ流れた。(異動した)
前述の通り、総支配人及び、
本を出版された、有名な方も含まれている。
新規オープンには、既存ホテルからの異動は必ずある。
しかし、大阪はリッツにとって日本第一号のホテルだった。
チームもブレなかったはずだ。
そして「日本最初」の責任感は大きかったと思う。
コンセプトの浸透のために、
上記のリンクの記事内でも、
「ものすごく褒められた」とあったが、
やはり浸透させるまでの苦労は大きかったのだろう。
だが、一度浸透すると後は強い。
前述の通り、既存他社のホテルマンが東京大阪共に、
どちらのオープン時にも流れて行ったが、
大阪は、よりリッツ色に染めやすかったのではないかと推測する。
それは大阪という地域柄、距離感の近い人付き合いのベースもあると思う。
そして大阪リッツは親会社が阪神だが、
東京のリッツは確かそのままリッツだったはずだ。
が、逆に東京は、コンセプトを浸透させることが難しかったのではないか。
と思っている。
下のリンクでも、選ばれた回答が、僕が言わんとしていることをそのまんま言い当てられているような気がするので、貼っておく。
結局のところ、
冒頭の結論に戻るのだが、
「覚悟」をもって、コンセプトを作り、
コンセプトを浸透させて、
そのコンセプト通りの対応を一部の人が行ったことによって、
伝説が生まれる。
リッツ東京にしろ大阪にしろ、
前述のノードストロームにしろ、
ごく一部の、素晴らしい対応をした人の伝説がフォーカスされている事が多い。
そしてコンセプト通りの行動を起こせる素養を持った、
【さらなる一部の人達】が、
実例に背中を押され後に続き、更に伝説は厚みを増していく。
そうなればもう、目的は達成されたようなものだ。
あとは、その熱が冷めないように、
仕組みの構築と軌道修正を行う人がいればいい。
有能な人物へ場所をどう与えるかもある
実は―――
前述の僕が勤めていたレストランに、
かのホテルから引き抜かれたマネージャーがいた。
鳴り物入りで入社したが、結局肌に合わず、数カ月で退社してしまった。
(僕個人としては好きで、辞めて欲しくなかったが)
かのホテルも、僕が勤めるレストランも、
どちらも覚悟を持ってコンセプトを作っていたが、
街場のレストランと、企業であるホテルとでは、
なかなか肌に合う合わないがあると思わされた。
その理由には、
意思決定方法の違いと、
いわゆる”ES(従業員満足度)”があるのだろう。
これはまた別で書いてみたいと思う。
軌道修正を行う人
こそが、結論大事だと思う。
ブランドを継いでいくのは結局「人」であるため、
日々の現場で軌道修正を行える有能な人が、
どれだけいるか?こそが、
ブランドの価値を保ち続ける理由だと思う。
元々ホテルマンで、
街場のレストランマネージャーの、
どちらも経験した僕だからこそ言える話では、
規模の小と大との差は、
それぞれに見合った仕組みがあるということだと思っている。
余談だが、トランプさんの娘のブランドを、
ノードストロームが販売中止にしたことで、
久々に名前を聞くきっかけになったことも、
僕の中では面白かったことの一つだった。
顧客第一主義は、廃れていない。
と思わされたお話だった。