ナンパにあったらゴリラになった

先日、ショッピングモールを歩いていたら男性から声をかけられた。
その男性は「すみません、１個だけいいですか…？」と神妙な面持ちであった。
私は何度か親切な方に「スカートめくれてますよ」「後ろ巻き込んじゃってますよ」など、女子トイレで声をかけられることがあったので、まさか今回もスカートが捲れているのではと己の尻を激しく揉みしだいた。

すると男性は「お姉さんめっちゃ綺麗ですね」と予想外の言葉をつむいだ。
その瞬間、私は「これはナンパと言うやつか」とようやく理解した。
突然男性から声をかけられるのは意外と怖いもので、相手をなるべく刺激せずに何とか諦めて貰わねばと私は必死に頭を回転させ、やっと出てきた言葉が「いや、毛生えてます。」だった。

男性は「え？」と困惑した様子。
己が声をかけた初対面の女に、突然毛の有無を伝えられれば誰だって困惑するだろう。
更に私は追い討ちをかけるように「ほら！指毛とか！」と元気に指毛を見せつけ始めた。
千と千尋の神隠しで千尋が坊に血を見せているときのような絵面が展開された。
見せつけているのは血ではなく指毛なのでいくらか治安はいいものの、男性の心は決して穏やかではないだろう。
私は人生で初めて毛を剃り忘れた自分と指毛に感謝した。
きっと男性はこれで幻滅して諦めてくれる、そう思っていた。

しかし男性は負けじと「いやいや、そんなの気にならないですよ」とさわやかに受け流してしまった。
「お前は気にならなくても私は気になるんだが？？」と心の中で反論していたが、これを声に出すと男性の反応が怖いので「そうですか〜」と苦笑いすることしか出来なかった。
心なしか活躍できなかった私の指毛も寂しそうに見えた。

男性は「良かったらスタバ行きません？」と聞いてきたので咄嗟に「さっき食べました」と回答した。
更に「じゃあマックとかどうですか？」と聞いてきたが「さっき食べました」と再び回答した。
「あのレストランとかも美味しいんですけど行きませんか？」と言われたので「それも食べました。」と1日のカロリー摂取量を遥かに超えた回答をしてしまった。

男性は「ちなみに行ってないお店あります？」と聞いてきたので「大体食べ尽くしました」と富豪のような回答をしてしまった。
「お姉さんめっちゃ面白いですね」と男性が笑い始め、更には「LINEとか交換しませんか？」と言われたので「先日道端でつまづいてスマホが川に流れました。今は修理に出してます」と苦し紛れの言い訳をした。

男性からしたら人間に声をかけたと思ったら食いしん坊の毛深いゴリラだったため、大変驚かれたことだろう。
更にドジっ子属性ときた。
さすがにキャラ設定を盛りすぎてはないかと冷静になった今なら思う。
男性は「そうですか…じゃあ…。」と帰って行った。
どうやら諦めてくれたらしい。

ナンパする側のお気持ちは私には分からないけれども、流石に毛を見せ付けられると思って声をかける人はいないだろうと思う。
ナンパに困った方は是非とも己の毛を見せつけ、この世の料理を食べ尽くし、スマホを修理に出してるフリをして欲しい。
そうすれば穏便に波風を立てることなく断れるかもしれない。