三千世界への旅/アメリカ18
ファンタジーの国
非理性化するアメリカ
アメリカ的な成長がこれからも続くのか、それとも限界に達して衰退あるいは崩壊に向かうのか、判断は人によって色々分かれるようです。
衰退・崩壊に向かうと見る人たちは、その理由としてアメリカがかつて自由主義と民主主義、資本主義を融和させて、欲望のエネルギーを経済成長に転換させるメカニズムを創造・拡張していったときの、啓蒙主義的な科学と理性による国家運営ができなくなりつつあることをあげています。
ひとつ象徴的なのは、アメリカ人のかなりの部分が聖書を一言一句信じる非理性的な信仰に囚われていて、進化論など科学の合理性を信じなくなっていることです。
製造業で収入の低下を経験した人たちなど低所得者層が、それを中国人などアジア人のせいにして、民族的な憎悪を募らせていること、アフリカ系やヒスパニック系などに対する人種差別が復活しつつあることなども、非理性的な傾向の表れと言えるでしょう。
たしかにここ20年くらいのアメリカには、第二次世界大戦の世界的な経済成長期にはなかった古い迷信、あるいはもう過去のものになったと思われていた非理性的な考え方、さらに自分たちの不幸を他者に転嫁して攻撃するかつてのファシズム的な心理が復活しているように思えます。
対立・抗争を許容する多元性
ただ、これまで見てきたように、アメリカはその成長期から決して科学的・理性的・合理的な考え方だけで運営されてきた国家ではなく、様々な勢力、ネーションの非理性的な価値観や利害がぶつかり合いながら、それをなんとかコントロールしてきた国です。
そのコントロールが効いている間も非理性的な価値観や感情は生き続けてきましたし、第二次世界大戦後の復興期、成長期でも色々な対立がデモ、暴動、暴力、犯罪などのかたちで表面化してきました。
議会による魔女狩り的な思想弾圧とか、FBIによる人権侵害を伴う盗聴などの情報収集、政治家たちへの脅迫による支配とか、国家レベルでの犯罪的な行為もありました。つまりアメリカはずっと非理性的な人たちの感情や自己主張がせめぎ合うるつぼでもあったのです。
そうした非理性がせめぎ合いながらも、そのエネルギーを経済の拡大へと転換する自由の許容によってアメリカは発展を続けてきました。むしろアメリカの非理性は、この自由を許容するメカニズムによって、存在を許されてきたとも言えるでしょう。
非理性的な価値観がアメリカの繁栄を揺るがしつつあるとしても、多様性の原理さえ働いていれば、過去のアメリカがそうだったように、非理性的な価値観も様々な価値観のひとつとして、他の価値観とその支持者と対立・抗争しながら、次のアメリカを形成していくことができる可能性もあるでしょう。
非理性的アメリカの起源
そもそもアメリカは科学的・理性的・合理的な価値観だけで運営されてきた国ではありません。17世紀に新大陸に移り住んだ人たちは、ピューリタンやクエーカーなど、ヨーロッパの伝統社会におさまりきれないプロテスタントの理想主義者たちでした。
プロテスタント/新教徒は、古いカトリックの体制や考え方に対する反抗から生まれたわけですから、近代的で科学的・理性的・合理的な価値観を持っていたと考える人もいるかもしれません。
しかし、中世のヨーロッパを支配してきたカトリック教会の体制を批判し、聖書をすべての上に置くというのがプロテスタントの基本的な考え方です。
つまり聖書に書かれていることは一言一句真実で、すべての生物は何億年もかけて進化してきたのではなく、神によって6日間で作られたというのも真実ということになるわけです。
理性と非理性の対立抗争史
カート・アンダーセンの『ファンタジーランド』は、アメリカの非理性の歴史と非理性が与えた社会・経済・政治・文化への影響を詳細に考察した本です。
それによると、アメリカの非理性は、東海岸北部に入植したヤンキーダムやミッドランドの初期移民たちのキリスト教原理主義やそこから派生した様々な神秘主義だけでなく、黄金を求めてバージニアに入植したタイドウォーターの地主階級の息子たちや、一攫千金の夢を追って西へ西へと進んだ開拓民たちの原動力でもあったといいます。
アメリカは18世紀の建国の父たちに代表される、知的で理性的な人たちによって建国されたというのが、オフィシャルなアメリカ史のイメージですが、同時にアメリカはこうした非理性的な人たちのエネルギーによって開拓され、建設されたのだとも言えるかもしれません。
少なくとも宗教的な狂信や経済的な欲望など、いろいろな夢がもたらす非理性的なエネルギーと、それをコントロールしようとする理性との相剋が、アメリカのパワーの源泉であり続けてきたとは言えるでしょう。
アメリカの神秘主義
『人物アメリカ史』にも『ファンタジーランド』にも、清教徒たちがボストンに植民地を開いたとき、彼らの中から「自分は神と直接話している」と称するアン・ハッチソンという女性が現れ、独自に信徒を集めるようになったという事件が紹介されています。彼女は植民地の自治組織を追われ、熱心な信徒たちと近くの土地へ移住していきました。
プロテスタントは信徒たち自身が自分の信仰を追求する宗派ですから、カトリックのように彼女を異端とか魔女と決めつけて処刑したりはしませんでしたが、できて間もない植民地の団結を揺るがす事件ではあったようです。
アン・ハッチソンは、アメリカに渡ったプロテスタントが、科学的・理性的ではないもの、超自然的・超常的なものに惹かれることを示した最初の例でしたが、その後もこうした非理性的な信仰はアメリカで次々に生まれ、広がりました。
大きな運動としては18世紀と19世紀に起こった大覚醒 Great Awakeningが有名ですが、ほかにも大小無数の運動が起き、たくさんの宗派が生まれました。
カート・アンダーセンは、科学と経済が飛躍的に発展した19世紀になると、こうしたキリスト教の非科学的・非理性的な信仰のほかに、エセ科学やエセ医療、エセ医薬品などが、手を替え品を替え広がり、ひとつの産業になっていったことを指摘しています。
ヨーロッパでも非科学的・非理性的な信仰やエセ科学は流行しましたが、アメリカほど巨大な運動や産業にはならなかったと彼は言います。
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