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【クラクラ旅日記】青森2日目/最終回 旅の縁とすれちがい

11月18日(金)


津軽アップルパイにフラれる


武家住宅の余韻を楽しみながら、弘前駅まで歩いていると、急に腹が減っていることに気づいた。

時刻は午後3時少し前。

朝にホテルの朝食ブッフェを腹一杯食べてから、黒石の高橋家住宅のアップルパイを食べただけだから、腹が減るはずだ。

帰りの新幹線は6時半くらいなので、けっこう時間はある。

何か青森・津軽らしいものを食べたいと思っていると、行きに見かけたドイツ・オーストリア風のおしゃれカフェが、店頭メニューでアップルパイをアピールしていたのを思い出した。

その店に行ってみると、「貸し切り」の札がドアにかかっている。

さっき来る時はかかっていなかったと思うのだが、ドアのガラス越しに様子をうかがうと、パーティーみたいなことをやっているようだ。



100円バスがすぐ来た


あきらめて、また駅への道を歩き出す。

弘前では津軽名物のりんごを生かそうということで、アップルパイに力を入れている洋菓子店や飲食店がたくさんあるらしいので、駅まで行く間に違うルートを歩けば、そういう店に出会えるかもしれない。

少し歩くと「100円バス」と表示されたバス停があった。
昨日から乗っているのと同じ弘南バスなのだが、市内循環ルートを100円均一料金で走っているらしい。

時刻は3時04分。時刻表を見ると、ちょうど3時05分に弘前駅行きがくるらしい。これは何かの縁かなと思い、アップルパイを求めて駅まで歩くのはやめてバスを待つことにする。

これまで郊外を走る長距離路線バスには5分から10分足らず待たされたが、今回はオンタイムで来た。



めざすは味噌カレー牛乳ラーメン


空腹感はますます高まっているが、アップルパイをあきらめた頭には、弘前グルメではなく、青森駅から徒歩10分くらいのところにある大西という店の、味噌牛乳カレーラーメンが浮かんでいる。

基本は札幌系の味噌ラーメンなのだけど、そこに牛乳とカレーをプラスしたら客に受けて名物になったという変わりラーメンだ。

テレビで何度か紹介されているのを見たが、バターのかたまりものっていて、背徳的な高カロリーグルメという感じ。

気持的にはそそられるが、71歳の年寄りの体にいいわけがない。

ふだんなら絶対食べないけど、旅で心身とも活性化しているし、ここまで腹が減っていたら食べてもいいんじゃないかという気がする。



店内改装中


弘前から新青森経由で4時10分過ぎに青森着。わりと利用客が多く、電車もそこそこの頻度で走っているので、都会らしいスムーズさで移動できた。

地方旅らしい不便さも終わりかと思うとちょっとさみしい。

駅からスマホを頼りに味噌カレー牛乳ラーメンの大西をめざす。

順調に到着と思ったら、店内で工事をしている。表に「改装中につき休業」の札がかかっていた。

定休日と営業時間をネットで調べて、多少待たされても間違いなく食べられると確信していただけにショックが大きい。

すれ違い・行き違いも旅の縁。

思いもかけない出会いや収穫もあれば、めざしてきたものに出会えないこともあるのが旅だ。

今回の旅では、黒石と弘前を結ぶローカル列車に時間が合わなくて乗れなかったり、弘前のアップルパイが食べられなかったりしたが、思いがけず津軽鉄道で最果てのローカル列車を体験できたし、黒石で大正時代の消防施設など面白い建築に出会えたりもした。



最後の食事は海の幸


青森駅まで戻りながら、どこか食事ができる店を探したが、夕方5時前なのであいてる店がなかなかない。

庶民的な定食屋が営業していたが、SNSで人気なのか外国人や若者で長蛇の列ができていた。

テレビでよく紹介されている、食事もできる駅近くの海鮮市場は営業時間外だった。

駅前広場近くにある古くて地味な感じの寿司屋が営業していたので入る。

出張の仕事終わりらしい中年サラリーマンが2人酒を飲んでいた。

カウンターの中では中年の店主らしい職人が1人、黙々と作業をしている。

店の奥にかなり年配の女性がじっと座っている。

雰囲気が重苦しいので、出ようかとも思ったが、これからあてもなく店を探す時間はないので、とりあえずカウンター席に着く。

握り寿司のほかに海鮮丼が、千円台後半から二千円台後半、三千円台後半と3種類ある。



ちょっとクセのある店主


海鮮丼には白ごはんの店と酢飯の店があるので、確認のため、「ごはんは酢飯ですか」と訊くと、
「うちは寿司屋ですから」と店主がややぶっきらぼうに答える。
「寿司屋なんだから酢飯に決まってるだろう」ということか。そう言われりゃ確かにそうだ。

寿司屋が酢飯に海鮮をのせたら、海鮮丼じゃなくてちらし寿司じゃないかという気もするが、壁にちらし寿司の表示はない。海鮮丼が流行りだから、ちらし寿司を海鮮丼として出しているんだろうか。

昨日新青森で食べたこの度最初の食事は、サーモン・ホタテ・イクラの海鮮丼だったが、マグロを食べてないので大間産の中トロが入っているという三千円台後半の海鮮丼を注文。

生ビールを飲みながら待つ。



ネタはおいしい海鮮丼


店主が「これ、試しに作ってみたので、召し上がってください」とガラスの器に入ったもずくを出してきた。

恐ろしく酸っぱくて旨みが殺されているもずくだったが、そう指摘して気を悪くされても困るので黙って食べる。

カウンターの中では、店主が変に格好をつけながら魚を切ったり、盛り付けたりしている。

店の奥の老婆はビールを運んできた後、特に何をするわけでもなく、不機嫌そうに、あるいは何か心配事がありげな様子で店内をウロウロしている。

出てきた海鮮丼のネタはどれも素晴らしかった。

特に仕事をしてあるというタイプではなく、新鮮でおいしい魚介をそのまま切って出しているという感じ。海が近い北国なんだから、それで正解という気がする。

ネタを立体的に見せるためか、カサ増しのためか、大根の千切りを後ろの方に敷いてあるのだが、1本が太くてガタガタで、僕がやる大根のかつらむきよりはるかに下手くそだ。

それでも食感の変化が楽しめるので、合間に1本ずつ食べた。



寿司屋一家のドラマ


新幹線の時間が気になるので、海鮮丼の余韻を楽しむ余裕もなくそそくさと会計を済ませて店を出た。

会計のときの店主は妙に愛想よく、丁寧な口調で「ありがとうございます」と言った。
店の奥の老婆は心配そうに無言でこちらを見ていた。
彼女は店主の母親なんだろうか?

もしかしたら彼女の夫、今の店主の父は、息子に十分な職人教育ができないうちに世を去ったのかもしれない。

客あしらいが下手で、料理の技術も十分磨かないうちに跡を継いだ今の店主は、父の代からの客が離れていき、精神的に追い込まれているのかもしれない。
「客に対する口の利き方には気をつけろ」と日頃から母親に言われているのかもしれない。

旅の最後にほろ酔い気分でそんな寿司屋一家のドラマを思い描きながら、新幹線に乗ったのだった。

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