三千世界への旅 魔術/創造/変革76 強権政治が生まれる仕組み
侵略・征服から自分たちを守る力
こうして歴史を振り返ってみると、異なる文明が出会い、互いに価値観が噛み合わないとき、相手に征服されないために必要なのは、武力であり、そのベースとなる経済力であり、国家などの組織力・政治力だということがわかります。
たとえば大航海時代のアユタヤ朝タイが、武力でヨーロッパ勢力とまともに戦ったらどれだけ通用したかわかりませんが、少なくともポルトガル人が限られた人や組織しか送り込んでいない初期の段階で、この国の政治体制や商業や武力を見たとき、何をしてもOKな野蛮人の国とは思わず、いきなり武力や謀略で征服するのは難しい反面、それなりの交渉や交易で継続的に利益が得られると考えたでしょう。
大航海時代の異なる文明の遭遇では、こういう相手に与える印象がその後の展開を大きく左右したのかもしれません。
そのときポルトガル人には、ビルマと戦うタイに武器を供与したりしながら国王の懐に入り込んで、なくてはならない存在になり、貿易を独占できれば莫大な利益が得られるし、そのうち国政が乱れて統治が弱体化するといったチャンスがあれば武力制圧して植民地化してしまえるかもしれないといった可能性、思惑があったかもしれませんが、結果的にそう言うチャンスは訪れませんでした。
戦国時代から江戸時代の日本も同様です。
中国の広大さと隙
一方、中国のように広大な国家は、規模が大きすぎて統一国家による秩序が機能しにくく、ヨーロッパ勢につけ込む隙を与えてしまいました。
大航海時代にヨーロッパ勢がやってきたとき、中国は明朝の後期でしたが、経済的な繁栄から衰退に向かうタイミングで、全盛期のような秩序が維持されていなかったようです。元々中国南部の沿岸は、独立性が高い地域だったこともあり、ヨーロッパ勢は寧波などの交易都市に拠点を築き、貿易を行ったり、さらに北へ向かったりするための基地にすることができました。
明朝はその後さらに衰退しましたが、満州の勢力が武力で混乱を抑えて清朝を建てたため、ヨーロッパ勢に本格的な侵略・征服の隙を与えませんでした。
しかし19世紀にはその清朝も衰え、イギリスやフランス、ドイツ、アメリカなどが、隙につけ込んで入り込んできました。
やがて日清戦争での勝利を経て、日本もそうした列強の仲間入りをします。
大国統治の難しさとほころび
インドや中国のように巨大な国は、日本やタイのような規模の国家がいくつも存在していて、統一国家はそれらの国々の連合体、帝国のような構造を持っています。
帝国を構成する国々には、歴史的に独立性の高い南部の国々や、チベット族をはじめとする山岳系少数民族の国もあれば、紀元前から中国平原に侵入して漢民族を悩ませてきたモンゴル人など中央アジアの騎馬民族の国もあります。
日本やタイでも国内の地域が対立して混乱することはありますが、インド・中国に比べれば統一は容易ですし、特にヨーロッパ勢のような異なる文明の勢力に対しては、民族的な団結もわりと素早くできます。
インドでは先に触れたように地方を統治する王たちはいても、統一国家が存在しなかったことが、最終的にヨーロッパ勢の侵略・征服・支配を許す結果になりました。
中国では統一国家が存在したものの、満州人による清朝の統治が弱体化したため、官僚や地方勢力の中から、自分たちの利益のためにヨーロッパ勢に取り入る人たちが出てきて、侵略の隙を与えてしまいました。
アジアではアメリカ大陸のように、精霊信仰や多神教による宗教ベースの政治が機能していた地域は限られていて、国家が成立している地域では、信仰に足を取られずに政治的な判断や行動が可能でしたから、先住民がヨーロッパ人に魔法にかけられたように判断を麻痺させられ、訳がわからないうちに征服されてしまうといったことはありませんでしたが、それでも国家の機能が弱体化すると、ヨーロッパ勢につけ込まれ、征服・支配されることになるということがわかります。
現代につながる近代の侵略
侵略・征服・支配は16〜17世紀のいわゆる大航海時代だけでなく、ヨーロッパに近代国家が生まれた18〜19世紀に入ってからも行われました。後進地域の国や民族がそれから身を守るためには、愛国心とか民族意識を高め、団結して外国勢力と戦う必要がありました。
こういう歴史を振り返ると、21世紀の現在にも、先進国以外の色々な地域で、なぜ頭がおかしいとしか思えないような独裁者や原理主義的な宗教勢力、軍人など、非理性的・強権的な支配をしようとする勢力が存在しているのか、しかも中には国民から崇拝されたりしているのかがわかるような気がします。
そもそも今のグローバルな世界は、国際社会を理性的に運営していると自称している欧米先進国が後進地域を、時と場所によっては武力で、そうでなければ政治力や経済力で征服し、支配してきた世界です。
この支配の秩序は近代の歴史の中で、すべての地域で平和裡に、平等かつフェアかたちで生まれたわけではないのです。
大航海時代から始まったヨーロッパ主導のグローバリゼーションで、後進地域が侵略・征服・支配されないためには、強固な統治力を持つ国家が必要だったのであり、ヨーロッパより貧しく、民主主義の経験もない国々がそれを実現するには、強権的な支配が必要でした。
欧米先進国がもたらした考え方や仕組みは科学的・理性的・合理的だったとしても、それを活用して行われたのは非理性的な侵略・征服・支配のゲームでした。この侵略・征服・支配への後進地域諸国の抵抗も必然的に、侵略・支配への恐怖から生まれた愛国心、民族意識など、非理性的な感情を原動力としておこなわれました。
欧米先進国より遅れていて、力において不利な分、後進地域の非理性や不合理は、より露骨で激しいものになりがちです。
今も世界ではこうした先進国による支配と、それに抵抗する後進地域の抗争が続いています。
米中対立も、ロシアのウクライナ侵攻も、多くの発展途上国が必ずしも欧米先進国を支持しようとしない不安定な国際情勢も、近代史の中で生まれ、続いてきた支配と抗争の歴史の一部、最新の現状なのです。