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【冒頭から暴投#013】言葉にできないコト

言葉にできない事を無理やり文章にすると、こんな駄文になるという見本のような・・・。
2011年3月に書いた文章です。


 集団社会の中でしか生きられない我々は、周囲の人たちとコミュニケーションをとりながら暮らすことを求められる。仮に言葉の通じない外国に身を置いた場合であっても、不完全ながらも、身振り手振りで自分の意思を伝え、他人の主張や気持ちを理解しようと努める。時間こそかかるが、結果、なんとなく伝わってしまうものだ。
 ある意味コミュニケーションをとろうとする行動というのは、生存本能に近いのかもしれない。そして、その生存本能を効率的に満たすための手段として「言葉」がある。でも、言葉は決して完全なものではない。
 言葉によるコミュニケーションは、お互い同じ日本語を使っていたとしても、成立しない事も多々見受けられる。
 北海道の人が東京で暮らした際に、一度は体験する事件?を例にしてみると・・・・
 【北海道の人】テーブルの上の離誌、もう必要ないから投げといてー。
 【東京の人】テーブルの上の雑誌を投げるの?なんで?危なくない?ってか、投げる事に何の意味が?
 【北海道の人】あ、ごめんごめん、捨てとい
てっ・・って事だよ。
 これは、本当によく聞く、北海道の方言が原因となる事件(笑)だ。
 標準語では「投げる=投げる」であるのに対して、北海道弁では、「投げる」には「捨てる」という意味も持ち合わせているのがこの事件?の発端である。
 同じ日本語を使いつつ。伝えるべきコトが明確であるにもかかわらず、方言という亜種の作用によっての勘違いがこのケースになるのだが、これは、言葉の持つ(方言を含む)複数の意味さえ理解していれば、解決できる問題だ。一度、痛い目や恥ずかしい目に合えば、意外とすんなり身に付く。
 さてさて、面倒なのはココから。みなさん、「自分の気持ちや考えを正確に言葉に代える」事ってうまく出来ますか?
 月に一度、このコーナーで試行錯誤しなから文字を並べ立ててはいるものの、かける時間&労力がハンパない。で、出来上がった文章を読み返し「自分が書きたかった事、伝わってるだろうか」という疑問が消える事はない。
 もっともっと色々な言葉を身につけて、表現力が高まれば、うまくできるのだろうが、正直難しいことこの上ない作業だ。
 書きたい事が伝わらないだけならまだしも、間違って伝わってしまう事だってある。その原因と責任は自分にあるのは間違いも逃げようも無い「現実」であり、仕方の無い事。諦めて訓練あるのみ。
 ただ、中には、何をどうコネクリ回しても言意にできないコトもある。このコーナーのように文字のみでしか伝える手段が無い場所では尚更。せめて、声色・身振り手振り・会話の中での「間」・・・等が使える場所でなら幾分マシなような気もするが・・・。
 言葉にできない事を会話の中で無理矢理表現しようとして、過去大失敗した経験も数えきれない。相手を傷つけてしまったり、自分が傷ついたり・・・情けない話だが、そんなこんなで文章や会話の中で、「言葉にできない」と思ったら、「無理をしない」という選択肢を選ぶことも少なくない。
 「東北地方太平洋沖地震」
 ボクの中では、今、言葉にできないコトの最たるものだ。自分は運良く直接的被害の無い場所にたまたま居ただけの事。やさしい言葉も、励ます言葉も、悲しむ言葉も・・・情けないほど、何も出て来ない。僕はまた「無理をしない」という選択肢を選んでしまっている。


[2011年TARUPON FREE4月号 vol.80掲載]

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