嘘と現実の間に含む現実味
ええと、クリスマスだというのに全く関係のない話題で今宵を賑わす流浪で不埒なつぶやきです♪
人との間に必ず嘘が存在する。
殆どの場合、嘘が見え隠れする時は言い訳が多い。
ついでに付け加えると、そういった嘘の大半は自己防衛による主張とでも例えるべきなのだろうか。
嘘が得意な人も存在する。
身近な存在で言うと、接客業や営業職は立派な嘘つきだと言っても過言ではないだろう。
実の所、似合っていない代物を客に売りつける事など日常茶飯事だ。
だからといって嘘が悪いと言いたいのではない。
むしろ経済に貢献している事を考えると、嘘は立派な商売道具でもある。
それに人は嘘と解っていながらも、褒められると嬉しかったりするしね♪
わーお!
てな具合で、日常に嘘が存在するのも確かな訳で、今回はこういったテーマに相応しい作品として挙げたいのが、邦題「真実」である。
最近上映された作品のため、ご存知の方も多いはずだ。
監督を務めたのは是枝裕和氏だ。
監督は日本人でありながら舞台はフランスのパリである。
しかも出演者の多くはイーサン・ホーク以外フランス人である。
簡単なあらすじを説明すると、フランスを代表する女優のファビエンヌは「真実」というタイトルの自伝本を出版した。
ファビエンヌを祝おうと海を渡り遥々アメリカから娘であり脚本家のリュミールと、俳優を務める夫のハンクとファビエンヌにとって孫にあたるシャルロットが駆けつける。
しかし、この二人の親子には素直に溶け込めない事実が隠されている。
それはリュミールが自伝本を読むと、事実と異なった内容に対しファビエンヌに駆け寄る。
その内容とは、リュミールが幼い頃は必ず学校へ送り向かいをしていたと記載されていた。
実際はファビエンヌは送り向かいを一切した事がない。
呆れ顔のリュミールは母の反応を見ると、悪気もなく私の自伝本だから何を書こうが勝手でしょう。
などと反対に開き直っている。
そして付け加えるかの様に、女優は私生活をさらけ出さないものだと言う。
二人の親子だけの問題に止まらず、長年ファビエンヌを支えてきたリュックは、自伝本に自身にまつわるエピソードが一行も記されていない事に不信感が募る。
その事に対しファビエンヌに伝えるが、リュックにとって納得のいく説明がなかった事もあり、リュックはファビエンヌの元を去ってしまうのだ。
それ以降、娘のリュミールがファビエンヌの個人秘書として手伝う事となる。
物語が流れる過程で、リュミールはファビエンヌと何度か衝突する場面がある。
その理由に必ず叔母のサラという名前が出る。
リュミール曰く、十歳の母親よりも叔母のサラに面倒を見てもらったのだ。
それにリュミールからすれば育ての母親だったのだ。
そのサラがファビエンヌの自伝本に出てこない事は不自然だと責める。
因みにサラは約40年前に早世し、かつてはファビエンヌと共に女優業で第一線で活躍していたのだ。
これは運命なのか、最近ファビエンヌが決めた仕事に低予算のSF映画「母の記憶に」というタイトルの作品に出演をする事となった。
そして「サラの再来」と呼ばれる新進女優マノンが共演する。
ファビエンヌにとってもマノンの存在は無視する事ができなかった。
その理由に内心「サラとの共演」という部分を意識していたのかも知れない。
撮影に入り、「母の記憶に」という物語はファビエンヌが年老いた娘の役で、マノンが年を取らない母親役の設定だ。
ファビエンヌは役に集中するも、中々自身が思う様な演技ができなかった。
苛立ちながらも役に徹するが、心の奥底に蔓延(はびこ)る蟠りがファビエンヌを正気から抜け出せなかったのだろうか。
その後ファビエンヌは演技に集中する事ができ、あるシーンでは自画自賛するほど悦に入った様だ。
しかしファビエンヌとは違い監督は不満げに新たに取り直しを要求する。
価値観の違いからか、または世代交代なのだろうか、ファビエンヌは考える。
もしや自分の時代は終わったのではないだろうか…
卑屈に物事を考える度、ファビエンヌは深く落ち込むのである。
皮肉にも、自身は年を重ね置いていく一方なのに、母親役のマノンは一向に年を取る事なく我が身を冷静に見ている。
これらをファビエンヌとサラの関係に置き換えると、冷静を保つ事ができないのは当然だ。
事実の根底に潜む真実が浮き彫りになり始めていた。
こういった事が重なり、長年ファビエンヌの中に潜む素直さというか、正直さが欠けていたのだが、娘のリュミールとの対話を重ね徐々にファビエンヌは隣人から距離を縮める事に努力を重ねる様になる。
先ずは長年支えてきたリュックへのお詫びだ。
脚本家であるリュミールにリュックへの思いを台本に書いて欲しいと母がせがむ。
最初は戸惑っていたリュミールだが、母親の変化を受け入れるには娘であるリュミールは一肌脱ぐ事にするのだ。
何よりもファビエンヌにとって最大の過ちだったのは、娘への希薄な愛情だったとリュミール本人に告げる。
実際のところ、ファビエンヌはリュミールの心がサラへと注がれる部分に内心嫉妬を抱いていた。
ファビエンヌが真実を告白したとき、リュミールが母に抱いていた壁は崩壊するのだろうか。
続きは本編でお楽しみ下さいませ♪
改めてこの作品を通して感じた事は、ファビエンヌはもとより娘であるリュミールとサラに潜む真実が徐々に垣間見れる点は、この物語を寓話的でもありながら、より詩的な回想録と仕上がっている部分だろう。
これは個人的な見解でしかないが、舞台が日本ではなくフランスという土地柄もあるのだろう。
それにしても、カトリーヌ・ドヌーヴとジュリエット・ビノシュを起用した是枝裕和監督は嬉しかっただろうな☆
ましてや二人の共演は本国でも考えられなかったサプライズと言っても大袈裟な表現ではないはずだ。
真実というタイトルはテーマであり、嘘に潜む事実を解き放つ事に諸点を当てたのだろうか。
これも個人的な感想でしかないのだが…
きゃっ☆