スピリチュアル小学校に入学するとよい人とは?
というか、日本では小学校は義務教育なので、誰でも入学できますよね。という基準から考えると、昨日思っていたより、かなり敷居が低くなります。
学ぶということは、ある程度、定期的に継続性をもって行うことが必要になるし、それが大事だったりします。大人になると、自分が興味のあるものを選んで、単発なり連続講座なりを自由に選びますよね。
学ぶってどういうことなんでしょう?
スピリチュアルな成長段階で考えた場合(普通にそうかもしれませんが)、「経験段階」「学びの段階」「学びを生かす段階(表現段階)」と、ざっくり分けるとそんな感じになります。
それは、どんな学びでも、同じプロセスを繰り返しているように思います。経験→学び→表現→(失敗したとか成功したとか、これも経験になるとすると、さらに)経験→学び(失敗をどう改善するかなど)→表現→・・・・
とぐるぐる同じプロセスを巡り名から、高まりと深まりが出てきて、磨かれた表現ができるようになっていく、ということになります。
スピリチュアルな視点で言えば、最後の表現段階、完成段階は、現実世界での表現が、完全にその人の魂のエネルギーがパーソナリティにしみ込んだ状態と言えます。
魂が物質人間を通して地球上で表現していることになる。魂の表現とは、ひとつも利己的意識がなく、霊的意志と本質的な愛を伴った表現となります。
目指すところはそこだ、というわけです。
で、小学校に入ることができるのは、世界は物質世界だけではなく、物質世界だけが重要なわけではないけれども、どういう基準で進んだらいいのかな?ということを試行錯誤したり、その中でいろいろ体験、経験をしている段階であれば、小学校に入ることで、魂の法則などを学び、向かう方向を見つける力を養っていくことができると思います。
普通の小学校で、読み書きソロバン(ソロバン今時やりませんが)的なものを学ぶのと同じように、スピリチュアルなものの読み書きソロバンができるようにしていくのが必要だということかな。
その基礎的な読み書きができない状態で、様々なスピリチュアルな情報、「普通の思考でわかる」情報に触れることにより、何かゆがんだものになっていくように思います。
もしくは、普通じゃない、ぶっとんだ思考にいきなりなっている方々も見受けられますが、別な意味で歪んでいる可能性もありますな( ̄▽ ̄;)
スピリチュアル小学校で習う、読み書きがある程度できてくると、その辺にあるスピリチュアル情報は、何のことを言っているのかを読み解くことができます。
よく使われるスピリチュアル用語について聞かれることがあります。
・潜在意識って何ですか?
・インナーチャイルドってどのあたりのことを言っているのですか?
・ソウルメイトやツインソウルってなんですか?
というような。
これは、スピ小の私が考えている読み書きソロバンができると、何のことを言っているかはクリアになります。
だから、いろいろスピ系のことを雑多に学んでいたら、そこで得たことも整理整頓できて、どう使ったらよいかもわかるようになるかな?とは思います。
ただ、私のところには、スピ系って怪しいけど、私のところなら大丈夫と思った、という人が多いので、あまりスピ系ワンダラーみたいな人は少なかったりします。
と書きながら、スピリチュアル小学校ではなく
「がちスピリチュアル小学校」のほうがよいかなと思い始めましたが、かわいくないので、やっぱり普通でいいかなと思いました。
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