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「自分らしく生きる」と言うことで見えなくなってしまうこと。
家(車)を手にいれてから、また人生のスピード感がちょっとあがったような気がする。
今回の車はでっかいディーゼンエンジンだから高速で90キロも出すとウンウン言うてるので、実際に速くなってるわけでもなんでもない。
けれどあがってると実感する。
それは進んでいるか、戻っているかという前後のことではなくて、とにかく進んでいる、そしてそのスピードがあがっているということが実感としてただあるという感じ。
前後でものごとを話すととたんに「自分の決断は正解だった!」とか「あーあ時間の無駄だった」みたいになりがちだから、そういう小さい視点でジャッジするのではなく、もう少し様子を見ながら歩んで行こうくらい気を抜いてみるのもいいんじゃないかと思う。
あともうひとつは言葉だ。
「自分らしく生きる」という言葉はSNS見てたら毎日のように出てくる。
自分らしく生きるために◯◯します!自分らしくこれからは◯◯みたいに。
SNSでそう宣言することで、友だちにその言葉を言うことで何か変わるんだろうか。
ぼくは少なくとも自分の目の前でそう宣言した人が翌日からまったく別人になってすんげーエネルギーでとつぜん何かをはじめたのは見たことがない。
自分に自信をくれるのは、これでいいと思えるのは、
いつだって行動することからはじまる何かなのだと思う。
それは何かにチャレンジしないとダメだよという意味でもなんでもない。
そこを履き違えてしまうと、すぐにまた世界は狭まってしまう。
その行動というのは、自分にとっての世界を広げてくれる何かだ。
自分にとっての、知らない自分に気付かせてくれる何かだ。
そうすれば世界の見え方は変わる。そうすれば知らない自分に出会える。
自分をもっと知れるから、もっと自分らしくなれる。
この世界に色が増えていくからこそ、自分が自分らしく役割を持てる部分が見つけられる。
それが結果として「自分らしくこの世界で生きる」ことになるのだ。
それは自分らしく生きると宣言することではじまることではないのだ。
自分はこういう人間なんでって言わないでもいい。
きっと知らない自分ってまだまだそこにいる。
世界はたった数十年の人生で分かってしまうほど単純じゃない。
塗り絵で色をたしていくように、世界をもっとたくさんの色で見つめよう。
自分らしいねって言われるように、もっと知らないことをやってみよう。
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自分が自分でいられること。
旅の日々で自分の心に浮かぶ思いや気づきを読み物として。僕の旅の生き方のなかで、読んでくださる方々の心に心地よい余白が生まれればいいなという…
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