ふたつの再会と苦悩の始まり
復活愛
仕事に忙しくしていたが、私は北と出会った頃、一度別れていた男性と店で再会し、よりを戻していた。
冷たく端正な、眼鏡の似合う人。
別れる前の5年間、幸せであったことなどなかった。
彼は私を「常に努力を続ける人」を誤解していたし、私は彼を「完璧な人」を思い込いこんでいた。
2歳年上だったその人に、私はずっと敬語でしか喋れなかった。
彼が電話をくれるまで、自分からは電話はしない。
仕事の忙しい彼の、邪魔になりたくなかった。
彼は、そういう私の作った「壁」に苛立つようだったが、常に仕事の勉強を重ねている私を愛しく思ってくれたようだった。
こんな2人だが、話せば言い争いになる。
私は決して敬語を崩さないが、はっきり自分の意見を言う。
プライドの高い彼も負けずと応戦する。
別れを切り出したのは、彼の方だった。
「一緒にいても不幸になる」
初めて彼の前で泣いて取り乱したが、もう、遅かった。
その彼と復縁しても、関係性は変わるはずもない。
私は「完璧な彼」に、恐れと怯え、だけれど思慕を募らせて、まるで片思いをしているようだった。
再会
その頃、別の携帯会社から引き抜きの話があった。
その会社は、私の好きな機種を販売しているキャリアで、プライベートの携帯はそれを使っていた。
上司と話し合い、上司も一度は
「まあ、そこまで言うなら」
と、認めたが、退職の手続きを進めようとした途端、手のひらを返した。
引き抜きの話を持っていたキャリアも、「問題になりそうだから」と話を引っ込めた。
そして、私は相変わらず「いいように使われ」、北のいなくなった店舗で、「全キャリア対応スタッフ」として働いていた。
携帯コーナーの女の子たちは、賑やかで可愛い。
けれど、誰も「私の負担」を考えてはくれない。
「なぎさんはなんでも出来るから」
なんだろう。
北も、こんな気持ちだったのかな。
悩んでいたとき、県外に就職した敏也が帰省して店に顔を出した。
「今晩、みんなでご飯しない?」
「いいね!携帯とパソコンとレジの子に声かけるよ」
「お願い。北さんも来るし」
まじか。
北が当時感じていた悩みを、今私も感じているが、何を話せばいいのだろう。
呪い発動?
携帯コーナーやレジの女の子は、みな北が来る食事会に飛びついてきた。
「行きますー!」
どれだけ人気あるのよ。
総勢15人くらいになった参加者を受け入れる店を探すのも私だった。
しかし、夕方くらいから様子がおかしい。
携帯コーナーの女の子の一人が、
「いきなり具合が悪くなって…」
真っ青な顔で訴えた。
「大丈夫?早退してもいいよ」
「ごめんなさいー」
閉店前、ブロードバンド担当の人が
「今から契約入ったから、終わるの21時…」
仕方ない。
他の子も、「家族の具合が悪い」、「クレームが入った」、「レジのお金が全く合わない」という理由で、食事会に参加出来なくなる。
私を、敏也と、北だけ?
親友の佳子に声をかけたら、「行くよ!」と気持ちいい返事。
よかった、北と何を話せばいいか分からなかったから。
素顔の北
4人になったので、手軽にファミレスに行くことにした。
制服姿でない北を見るのは初めてだった。
黒いセーターに黒いパンツ。
髪の毛はオレンジに染めて長く伸ばしていた。
「販売職だと髪型は自由がきかないから」
そう話す北は、店にいたときの張り詰めた様子はなく、穏やかな目をしていた。
佳子は敏也と気があったようで、食事をしながら2人で楽しく話している。
そうなると、北と話すのは私だけだ。
「今、何をされているんですか?」
「充電中です。失業保険もらえてるし、姉の家で子守りに行ったりくらいで」
「転職活動はまだですか」
「そろそろ探そうと思うんですが、自分に何があっているか分からなくて」
食後のコーヒーとデザートを食べながら、北は言う。
「店は大丈夫ですか」
「相変わらずです。敏也も辞めたし、あの後派遣で来ていた仕事の出来る人も辞めてしまって、むちゃくちゃ」
「すみません」
敏也が妙に真面目に頭を下げる。
「なぎさんは、今の仕事を続けるつもりなんですか?」
北は、興味深そうに聞いていた。
「携帯販売は好きなんです。今の会社は給料もいいし…。ただ、自分が自社の商品を信じてないのが一番キツいです」
「ああ、分かります」
北は、深くうなずいた。
そこに、アンドロイドめいた仕事人間はいなかった。
北と言う、「仕事で悩んで苦しんでいた」存在がいた。