共創の原理:表現活動からシステム設計を経て、創造性の基盤を探り、創る。
今回は、学生時代からメディアアーティストとして活動され、アルス・エレクトロニカで受賞されたり、日本未来科学館の「インターネット物理モデル」を手がけたり、インターネット黎明期から様々に活躍されている、産業技術総合研究所の江渡浩一郎氏にお話を伺った。
下記の著書で大変有名だが、江渡さんの一貫した関心と革新力は話を聴き飽きないほど。創造的な場を支える仕組みについて研究されている。そんな江渡さんの学生時代から現在までを振り返っていく。
1)大学時代のメディアアーティスト作品『WebHopper(1997)』
様々に時代を革新する作品や仕組みを生み続けている江渡さん。大学時代は、メディアアート作品を製作されていた。代表作は「sensorium」の一員としてWebサーバの地理的な位置を基にインターネットの接続経路を可視化する『WebHopper』の開発に参画。アルスエレクトロニカ賞を受賞、1997常設展示として10年くらい展示された。
2)日本科学未来館に展示中『インターネット物理モデル(2001)』
なんだろう、難しそうなタイトルの作品。と思っていたら、何度も魅了されて通った日本科学未来館に展示されている作品のことだった。『インターネット物理モデル』は、世界中に普及し、一般の人々の生活に浸透したインターネットと、情報が伝わるしくみをボールの流れで視覚化した作品。2001年に展示されてから現在も展示されている。
今日の社会で人や情報ばかりでなく、モノ、環境、サービスなどをもつなぐインターネットが、世界に開かれた重要なコミュニケーションツールであることもあらためて実感できる作品。
3)物理シミュレーション・システム『Modulobe(2005)』
モジュールと呼ばれる部品を組み合わせて、簡単に仮想生物としての「動く3Dモデル」を作ることができる物理シミュレーション・システム。ブロックのように自由に形をつくり、そこに動くモジュールを追加することで、モデルに動きを指示することができる。現実の物理法則がシミュレートされているため、生物のようなリアルな動きを再現することもできるそう。
この作品の特長は、インターネットにおいて公開され、ユーザーが使用できる「新しいキャンヴァス」となるようなシステムを意図して制作されたソフトウェアとして、インターネット上でユーザーが作品を共有できるという特長がある。作品自体は、モデルを制作するための基本的な要素のみから成り立つが、こうした「想像力の土台」として機能することで、多種多様なモデルが生み出される。
江渡さんは、このシステムが「表現の場」として、人々が互いのアイデアに触れ、新たなモデルが生み出されていくという点に面白さを感じたようだ。共創プラットフォームの実現として、先駆けとなった。
その後、「多くの人の力をまとめて一つにするのは容易ではない」という考えから、共創プラットフォームの研究にのめり込んだそう。
4)全ての源流は『パターン・ランゲージ』
こうした数々の作品を生む発想の源流には、パターン・ランゲージの考え方があると言う。パターン・ランゲージとは、建築家のクリストファー・アレグザンダーが、住民参加型のまちづくりを行う際に、建築に関する、実践知、暗黙知、センス、勘、コツといったものを言語化して、共同することを容易くしようとした際に提唱した概念である。
パターン・ランゲージとは、状況に応じた判断の成功の経験則を記述したもので、成功している事例の中で繰り返し見られる「パターン」が抽出され、抽象化を経て言語(ランゲージ)化されたものである(下記引用)
江渡さんは、利用者が自分自身で設計をすればいいのでは?と考える発想は、誰もが知っている『Wikipedia』にも通じると言う。
5)Wikipedia を成功に導いた共創の原理
『Wikipedia』は、なぜ成功したのか?その背景には数多くの失敗がある。そこから、ユーザーとともにメタルールを構築する発想となり、下記の7ルールを見出した。
7つのメタルール
1)すべてのルールを無視する
2)常に未完成な部分を残す
3)専門用語を説明する
4)偏向を避ける
5)変更を統合する
6)明らかな無意味は削除する
7)執筆者に機会を与える
「偏向を避ける」を元に、「中立的観点」というルールが考えられ、Wikipediaの中心的なルールとなったそう。こうして、最初にどんなルールを作るか、というところからユーザーと共にしたことが成功の鍵だという。
6)ユーザー参加型研究の場『ニコニコ学会β版(2011~2016)』
『ニコニコ学会β版』は、ユーザー参加型の研究プラットフォームである。計9回の大規模シンポジウムを開催、累計65万人以上の視聴者を集めた。そして、5年間の期間限定プロジェクトの実施により、ユーザー参加型研究を推進してきた。現在では、『ニコニコ学会β版交流協会』としてコミュニティが存続している。
7)ニコニコ動画と初音ミクの意外な共創
学会をイノベーションの対象とする」という発想から、「人に愛されるような学会を創りたい」という動機で、ニコニコ動画と初音ミクの意外な共創が生まれた。
●ニコニコ動画(2006年12月)
Youtube上にある動画が、ニコニコ動画上で放映され、その画面上にテキストが乗り、ニコニコ動画として視聴される。当初ニコニコ動画の動画はなく、他人の動画を取ってきたものが放映される。しかし、ある時Youtubeに遮断され、一週間後に動画投稿機能を付け、そこからニコニコ動画が確立していった。
●初音ミク(2007年9月)
音声合成・デスクトップミュージック (DTM) 用のボーカル音源、およびそのキャラクターである。初音ミクは「未来的なアイドル」をコンセプトとしてキャラクター付けされている。名前の由来は、未来から来た「初めての音」から「初音」、「未来」から「ミク」。
8)ユーザーをまきこむ共創型イノベーション
共創型イノベーションとは、ユーザーとの共創を意図するイノベーション送出方法のこと。江渡さんは、『ニコニコ学会β版』での経験をもとに、下記の書籍の概念を参考にしながら、「共創型イノベーション」の概念を抽出した。
●ユーザーは、世界を変えるような発明・発見をする可能性がある
●私たちは、ユーザーが発明・開発しやすい環境を整えることができる
9)共創と協業の違いとは?
協業:利益を分け合うことに主眼が置かれる
共創:「共通善(共通の大きな目的)」に向かって異質な才能が結集することに意義がある。事前に協調せずに行動する点が協業と大きく異なる点。
共創において、絶対に必要なものは、「共通善」を設定すること。
CASE:Tsukuba Mini Makers Faire
素人によるものづくりのサミット。
手作り感溢れる縛りのない様々な作品に、来場者は何の会場に来たっけと思うほど。それでも、ここから新たな共創が生まれているかもしれない。
10)未来を予測する最良の方法は?
江渡さんは、締めくくりにアラン・ケイの言葉を用いられた。まさに、そのままを体現しているような方だと感じた。
未来を予測する最良の方法は、それを発明してしまうことだ。
アラン・ケイ(パーソナルコンピュータの生みの親)
多岐にわたり手掛けられているが、そこには一貫した関心軸があることもわかった。共通する発想法のようなものだ。今後、何かに着手する際にも、この発想は○○の発想だ、これをあれに応用できないだろうか、といった物事の考え方は非常に重要だと思った。
情報元:
武蔵野美術大学 大学院造形構想研究科 クリエイティブリーダシップコース クリエイティブリーダシップ特論 第5回 江渡浩一郎氏 2020/06/15