貴方の死を慈しみながら。
わたしは彼のワンルームに居たが、煙草を吸いに非常階段に来た。
踊り場の壁にもたれ掛かりながら、煙草に火をつけた。
ニコチンがアッパーだった思考を落ち着かせ、身体を脱力させてくれた。
わたしは、11階の階段から降りた所にある一つのシミを凝視する。
そのシミは楕円状で、人の頭一つ分ぐらいはある。近くには重々しい非常階段の扉があり、小さなシミがまた一つある。
まるで、頭一つ分の大きさのシミは11階の階段から転落した跡のようにも思え、扉の前にあるシミは這いつくばって扉を開けようとした時の手形にも見える。
死因は11階からの転落事故か、自殺かはわからないが、10階の踊り場で誰かが死んだのだ。
わたしは、扉を開けようともがき苦しみながら死んだ人と同じ場所に寝転がろううとした。
その人の死に際を体験したい。
そんな強い欲求にわたしは駆られた。
でも、わたしその行為を躊躇し結局実行しなかった。
その行為をしたら、その人と同じようにわたしも死んでしまう気がしたから。
こんなことに思考を巡らせていたら、雨が降って来た。
小雨だが、大きく強い粒だった。
きっと、その人が死んだ日にもこんな雨が降っていたのだろうと感じた。
その一方で、死んでしまった人の涙のようにもわたしは思えた。
雨に打たれながら、その人は死ぬ直接に苦しみもがきながら一人寂しく死んでいったのだろうか。
死を望んでいたけど、本当はもっと生きたかったのではないか。
結局その人は誰にも気づいてもらえず死を迎えたのか。
その人の最後はとてもとても寂しそうに見えた。
だけど、わたしが貴方を見つけたから大丈夫だよ。
貴方の死を慈しみながら煙草を吸う為に、一人ワンルームで眠っている彼のところに戻った。
どうかこの煙共に安らかに成仏ほしい。
わたしは彼と貴方の分まで強く生き抜くよ。
そう思いながら今日は、彼のワンルームで朝まで眠りについた。