毎年恒例日記

 マルベリー農家の朝は早い。
 用を足し顔を洗い、つばの広い麦わら帽を被って外に出る。今日も沢山の実が、朝の陽光を受けて黒く光っていた。
 しかし、彼女は熟れた実を採りに来たわけではない。熟れた実は小さな採集者、彼女の娘達のために取っておく。彼女は菌核病に侵された実を排除しにきたのだ。ゆえに、彼女の手にはプラスチックのちりとりと鋏がある。

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 このところ毎朝夕、桑の木とにらめっこしている。
 今の時期、仕事はかなりの閑散期である。閑散期に、一回で探しきることはない=きりがない病果探しをぬぼーっとするのは、あまり精神衛生に良くない。とても贅沢な時間なのだからそれを満喫すればいいのに、私は社会のお荷物……! と思ってしまうからである。
 しかし、もし桑の実がなる時期に繁忙期だったら、「こんなことやってる場合じゃないのに……!」とイライラしてしまって、やっぱり精神衛生に良くないだろう。
 そこまで一巡して考えて、「来年病果を減らすための必要な作業!」と思い切って割り切るまでが毎年の思考のルーティーンで、そのルーティーンを過ぎると、美しい実の連なりや、桑の木の下に潜り込んだとき、葉の合間から注ぐ日光のきらめきをようやく楽しめるようになるのである。

 菌核病とは、マルベリーを侵す代表的な病気の一つだ。キツネノワンタケとキツネノヤリタケという、桑の木にしかつかない極小のキノコの菌が実に付着すると、ワンタケの場合は実が白く肥大し、ヤリタケの場合はしおしおと萎縮してしまう。それを除去せず放置すると地面に落下、そこでまた菌が増殖し、来年さらに菌核病の実が増える……ということになる。
 菌核病を防ぐには、こまめに病果を取り除き悪循環を断つこと、枝をほどよく剪定し風の通りを良くすること、そして冬場、菌の活動が活発になる前に地面に石灰を撒くことだ。これら三つが、何年か桑の木を育ててきた経験則による予防方法である。
 
 去年の冬にかなり枝を払ったのだが、それがかえって災いして、今年は節から新しい枝が何本か生え、実の方はというと節に密集する形でびっしりつくという形になった。もちろんこのようになった実ばかりではないのだが、このように実が密集すると風通しが悪くなり、その中の実のいくつかが犠牲になりやすくなる。

 とはいえ、近年予防法を徹底して実施したことで、かなり病果は減って来たように思う。実が成るころには葉の病気もさほどなく、そこまで肥料も必要としない、手間があまりかからない木ではあるが、収穫して、それを食べられるようにするには案外と手間がかかる。

 毎年思うことだが、どの実が菌核病になって、どの実がそうならないか、あまり読めない。確かに風通しの悪いところについた実は病変しやすいが、枝の下の方の実ばかりが病果になるわけではない。
 今年は、病果かどうかはっきり判別がつかない段階で、怪しげに実が膨らんだものは、その周囲一帯ごと切り落とした。本当は怪しい実に印をつけておき、本当に病果になるか経過観察するのがよいのだと思う。実全体が白くなるパターンと、一部しか白くならないパターンがある理由も知りたい。
 しかし、そういう厳密な観察をするには、毎年なる実の量が多過ぎてとてもではないが根気がもたない。また、そのような観察をして、どういう機序で菌核病が発生するのか法則性を見付けられたとしても、それを論文としてまとめるだけの教養も、それを提出する関係先も持っていない。だいいち、そのような研究をするからには、何本もの桑の木でその観察をすべきだろう。

 桑の木の方も、もう少し節度を持った伸長をお願いしたいものだと思う。桑の木にとっても、菌核病に多くの実が侵されるのは本望ではないだろうし、菌核病ではなくても、葉が密集すれば葉の病気にもなる。また、日光も効率的に取り入れられないだろう。
 私達人間は、植物を静謐な存在だと思いがちだが、植物の持つ欲は、人間と同様、節操がなくグロテスクだ。彼等は自分自身の他の部分とも、日光やもろもろを巡って取り合いをするのだから。

 シーズンのはじめ、せっせと収穫してはジャムなどに加工していた人間たちも、シーズンの終わりごろにはそれに倦んでくる。その頃になると、病果ももう取りつくしてしまう。

 鳥はその雰囲気を読んで、人間が収穫しなくなる頃、食事にやってくる。頻繁に来るのはヒヨドリだが、ムクドリ、メジロなどもヒヨドリのいない時にやってくる。シーズンのはじめに鳥が来ると、人間の小さな収穫者たちは「ぬすむな」といってぷりぷり怒っているが、桑の木にしてみたら、人間も鳥も、力を振り絞って作り出した実を掠め取る簒奪者である。


 今週はそんな感じで。
 
 ↓ 去年、一昨年の投稿。ほぼ同じことしか書いてなくて白目剥く。

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