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海外とSNSと承認欲求、そして孤独
最近の自分が鑑定る不安とそれとの向き合い方について感じていることを書きます。
海外に来てからの不安
私は昨年の5月からインドネシアで日本語教育に関わる仕事をしています。
当初は日本語教師でしたが、現在は少し形を変えて、教師以外のこともするようになりました。
大学を卒業してから5年。
大学卒業後に半年インドネシアで日本語パートナーズというプログラムに参加し、帰国後はスタバや無印良品で働きながら、SNSを使ってインドネシア人に日本語を教えたりyoutubeに日本語関連の動画を投稿したりしていました。
自分では生き甲斐を感じながら生きられていると思っています。
一般的には上手くいっていない人生のように見えると思いますが、一本の大きな軸を持って、その軸に従って生きています。
自分がなりたいものに近づくための環境を選びながら進めていると思っています。
ですが、このままで大丈夫かなと思うこともあります。
確かに自分にしかできない道を選び、確信を持って人生を進められていると思いますが、どうも不安になることが増えてきています。
なぜなのか、いろんなタイミングが重なってなんとなく言語化できたので、その話をしようと思います。
「必要なものは孤独だった」という話です。
海外とSNSが生み出す不安
ここ最近と自信を持っていた時期で何が違ったか、そして何が違うか。
やはりSNSだと思います。
離れた友達の生活が見れて、いつでも繋がれるSNSがあまりにも身近にあります。
個人チャットのチャットのLINEをする機会が減り、Instagramのストーリーズで広くみんなに発信することが増えました。
インドネシアにいながら、日本にいる友達の近況が把握できるようになったんです。
周りは結婚していき、収入も上がっていっています。
それぞれが日本における幸せを感じながら、楽しく過ごしています。
私は彼らの生活を覗き見しながら、離れたところにいる自分を実感していたのでしょう。
自分が友達の世界からいなくなっていく感覚です。
当然焦りが募り、意味のないストーリーズを投稿することが増えました。
ストーリーズで見てもらうことで繋がりを残そうと必死になっているのだと思います。
ですが、そんなことが叶うはずもありません。
残っていたのは離れたところで大した成長もしていない自分でした。
みんなとの繋がりを楽しむはずのSNSが、いつしか繋がりがないことを感じるものになってしまっていたのです。
どうしてなんだろう。
どうして学生の頃や前回インドネシアにいた頃は常に成長を感じ、他者との良好な関係を感じられていたのだろう。
得体の知れぬ不安を抱えながら毎日過ごすようになっていました。
SNSと孤独。私たちに必要なものは孤独である
あることがきっかけでその正体に気づけました。
それはネットの記事で見つけた「書くことは孤独であり、他者への尊敬や愛情は孤独の共有から生まれる」というものです。
自分のために書くことは孤独であるが、その孤独の時間にこそ、他者への想いを感じさせてくれる。
人間がそれらを感じるのは他者と向き合っているときではなく、その後の孤独な時間である。
これを目にしたとき、「自分が失っていたものは孤独だ」と確信しました。
それまでの不安が一気に形を表し、視界がはっきりしたような気がしました。
最近の自分は常にSNSを開き、自分に興味を持ってもらおうと必死になっていました。
いわゆる承認欲求です。
人は他者と比べてネガティブな感情を持ったとき、過度な承認欲求を持ってしまうようです。
きっと私は、SNSで見る周りの幸せを見て、今の自分にはできないとネガティブになり、どうにかその世界に入ろうと承認欲求を爆発させてしまっていたのだと思います。
本当に私がするべきことは今の環境を認識し、孤独の時間を作ること、そして、真に関わるべき人たちとそれを共有し、深い感情を抱くことだったということです。
気づけば自分から連絡することすらできなくなっていました。
その人の世界に私はいなくなってしまったのだと感じていたのだと思います。
思えば学生のころは、なんでも聞いてくれる彼女がいて、SNSへの興味もありませんでした。
孤独を共有する人がいれば、自己肯定感も承認欲求も満たされるのだと思います。
その先には自己実現の欲求というものがあるようで、当時はそれの状態でした。
半年で18キロの減量をし、TOEICの点数も4ヶ月で400から735まで伸ばしました。何もかもがうまく進み不安もなかったです。
彼女がいたから、時間があったからなど現在との違いを書き出し考えましたが、しっくりくるものはなく不安は大きくなるばかりでしたが、
今回がきっかけで目指すべきところが見つかりました。
孤独とSNSとの関わり方
とりあえずはInstagramから距離を取ろうと思います。
うまくInstagramを付き合えればいいとは思いますが、そんな綺麗にいかない気がしているので、思い切った方がいいかなと。
このnoteもそうですが、自分が感じているものをしっかりと書き残し、孤独をためて、自分の魅力を増やしていこうと思います。
目標や成功などはその副産物であり、孤独を作ることが人間らしく生きるために必要なものだと思うので、突き進もうと思います。
私のように不器用な人間は今の時代考えて生きなければ、すぐに落とし穴に落ちてしまいます。
まだまだ27歳、より良い未来のためにも、考えて生きていこうと思った出来事でした。
SNSと孤独。
いいですね、まさか孤独を得ることにわくわくするとは思いもしませんでした。
終わり
ここまで読んでくださりありがとうございました。
何か感じたことがあればコメントいただけると嬉しいです。
思い切って自分を表現してみました。
まったく止まらずここまでノンストップで描いたので、内容がぐちゃぐちゃかもしれません。
ですが、これは考えて書くべきではないと思ったので、このまま出そうと思います。
ありがとうございました。