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金子三勇士 ジルベスターコンサート2020-2021

2020年では3度目となる信州国際音楽村での金子三勇士さんのソーシャル・ディスタンスコンサートは、年越カウントダウンコンサートとして開催されました。ジルベスターならではのプログラムとカウントダウンに加えて、選曲や演奏に込められた三勇士さんのメッセージが意味深いものだったり、それがスムーズにつながっていたり、といったとても内容の濃いコンサートでした。

今回も会場と配信のハイブリッドコンサートで、筆者は配信で観覧しました。クラシック音楽初心者が、勉強がてらコンサートの余韻を味わう目的で残す、備忘録に近いコンサートレポートです。


プログラム

ショパン:革命のエチュード
ショパン:夜想曲第2番
ラフマニノフ:鐘
リスト:ラ・カンパネラ
ドビュッシー:月の光
バッハ:フランス組曲第5番 第3曲 サラバンド
シューマン=リスト:献呈
ベートーヴェン=リスト=金子三勇士:交響曲「第九」より抜粋
<インターミッション>
ショパン:小犬のワルツ
ショパン:英雄ポロネーズ
シュトラウス=金子三勇士:ラデツキー行進曲
リスト:ハンガリー狂詩曲 第2番

公演日:2020年12月31日 ~ 2021年1月 1日 信州国際音楽村
 配信:2020年12月31日 ~ 2021年1月12日


ジルベスターコンサート

一般的にピアノソロでのジルベスターというのは珍しく、三勇士さんが出演される時はだいたいオーケストラと一緒にピアノ協奏曲またはソロで演奏後、カウントダウンの瞬間は舞台袖でオーケストラの最後の音を見守っているのだとか。今回は三勇士さんの人生初・リサイタル形式のジルベスターであり、初めてカウントダウンクロックに合わせて演奏するという、特別感たっぷりのコンサートでした。


第一部

今回のコンサートでは新型コロナウィルスにより衝撃が起こった2020年を振り返り、三勇士さんの想いをそれぞれの曲に込めて演奏したのだという。筆者にはコンサートが予定通り無事に開催できた喜びと、実現するために力を尽くしてくれた方々や足を運んでくれた観客への感謝の他にも、迷いや遠慮に似たようないくつもの複雑な感情が感じられ、それらを経由しながらも希望持つことを応援されるメッセージが届きました。

今回、各曲の動画・音源リンクは主に三勇士さんのオフィシャルYouTubeチャンネルから、そちらにないものをApple Musicで揃えてみました。どちらにもない曲もありますが...ぴえん。←三勇士さんが先日ツイートしていた昨年話題の「ピ演」ではないほうのぴえんを使ってみました(笑)


ショパン:革命のエチュード

新型コロナウィルスが日常生活に影響を及ぼし始めてから、三勇士さんのコンサートではこの曲を1曲目にプログラムしたことが多かったような印象です。同じように難局を経て生まれたこの曲は、2020年のテーマソングのような存在だったように思います。三勇士さんがまず最初に観客に伝えたいメッセージだったのではと想像します。

1年を振り返って特にコロナ禍で受けた衝撃、またその衝撃の後には人々がどう困難を乗り越えようか悩み、生き方を見直し、希望を持ち続けようと奮闘している過程で音楽などに癒しを求めるようになった、ということの印象を演奏に込めたとのこと。筆者にはキリっとしたキレのある勇敢なメロディーの中にもどこか静かで、物悲しさに近い深い慈しみのような音が聴こえた気がします。



ショパン:夜想曲第2番

三勇士さんへのリクエスト曲はショパンが多いと聞いたことがありますが、この曲も昨年多くの人に愛され、癒してきたのでしょうね。

演奏は静かで献身的な印象で、医療従事者が患者をいたわり、思いやり、見守っているシーンが浮かぶようなものでした。昨年、度々メッセージを発信していらしたように、最前線で私たちを守っている医療従事者の方々への感謝を込めた、三勇士さんの温かい癒しのメッセージだったようですね。


ラフマニノフ: 鐘

大晦日の日本の伝統である除夜の鐘に因んだ2曲の「鐘」。高音の美しい音で始まるリストの「ラ・カンパネラ」とは正反対で、この曲の低く太く重い音はあまりの違いに驚きます。白黒映画のように色のないロシアの情景が思い浮かぶように暗く、絶望という言葉を想起させるような曲。その鐘はどこで何を知らせるものなのだろうと想像をかきたてられます。さらには三勇士さんがジルベスターにこれほど重い曲を選んだのは、単に除夜の鐘に近い音色だというよりまだ何かある気がして考えが巡っていました。

ヨーロッパの鐘といえばイメージするのはロンドンのビッグベンや大聖堂など。それらように単に時を知らせる鐘にしては重く(むしろ幸せを感じる鐘)、その先に絶望が待っている方向へ旅立つ人たちの、その出発を知らせるための音のように思えます。または実際に鳴ったのではなく何かのメタファーなのではないかと。平和な時代の終わり、幸せな時間の終わりといったような大きくて憂鬱な何かの区切り。そう考えると憂鬱な1年との決別(を期待したい)として大晦日に演奏することがぴったりだとも考えられるかもしれません。実際はどうだったのでしょうね。


リスト:ラ・カンパネラ

この日の「ラ・カンパネラ」もひとつひとつの音に三勇士さんのメッセージが乗って、丁寧に鳴らされている印象でした。

こちらも時を刻むだけの鐘というわけではなく、背景に何かストーリーがあったりするのか気になります。考えてみれば無機質に時を刻むものと思っている鐘の音は、どこかでは誰かの運命が変わる瞬間を告げていることもあるはずです。当たり前の日常が当たり前ではなくなった今、これまで当たり前だったものが思わぬドラマに変わってもおかしくないという現状とリンクするのでは、とどこまでも連想が続いてしまいます(笑)

動画は2018年東京オペラシティでのリサイタルから。


ドビュッシー:月の光

会場である信州国際音楽村は豊かな自然の中の静かな環境で、月もきれいに見える場所であることから、この曲がぴったりだと思っての選曲だったそうです。その環境が演奏にも影響していたような印象で、静かでどこかどっしりと重みがあるような大きな月が浮かびました。コロナ禍で環境が大きく変わった中、たくさんの人が月を見ながら自分自身と深い会話をしていたのではと思われ、そんな人々を月がおおらかに見守っているかのような音でした。



バッハ:フランス組曲第5番 ト長調 BWV.816 第3曲 サラバンド

人は不安定な世の中で自分を見つめなおす時には初心に帰る、つまり原点に戻ると言われていることから、音楽の原点であるバッハと重ねて選曲されたそうです。

引き続いて静かで滑らかな音に癒されます。バッハの時代のピアノではこのような滑らかな音は聴けなかったと想像すると、当時だったらどこに癒しを求めただろうかと考えてしまいます。それでもこのメロディに癒されたのか?

このホールはこちらの画面からも時々そのログハウスに近いような綺麗な木目が見える建物で、見ているだけで安らぎを感じます。その会場と一体になって、三勇士さんの優しい音が存分に癒してくれました。


シューマン=リスト:献呈

この曲が今回のコンサートのもうひとつのテーマを表していたようです。クラシック音楽に触れる機会が格段に少ない遠方の人たちのために、オーケストラのコンサートやオペラ曲を編集し、ピアノ1台あれば持ち運べる音楽として各地でリサイタルという音楽活動を始めたリスト。三勇士さんはリストの時代に戻るかのように、本来ピアニストひとりで持ち運べるはずのない年末年始ならではの交響曲と合唱曲を編曲し、思うように音楽を聴きに出向くことができない観客に届けてくれることになりました。

作曲家の作品に込めた想いを忠実に再現しようとする三勇士さんの演奏スタイルだけでなく、こうして彼らの音楽そのものに対する考え方や活動から学び、それを継承していることに感銘を受けます。

本文と温度差があって恐縮ですが「献呈」の動画はお正月企画・お宝探しバージョンにしてみました!(笑) このtvuch.comのリンクに飛ぶと、2020年9月横浜でのリサイタルの「献呈」動画を無料で堪能できるうえ、以下3つのお宝が隠れているので、よかったらぜひ探してみてください。

A) リサイタル全編 (1,500円/28日間)
B) モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番 ニ短調 K.466(無料)
C) モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第11番 第一楽章(無料)

お時間があったら、筆者の同リサイタルのコンサートレポートもぜひ!


ベートーヴェン=リスト=金子三勇士:交響曲「第九」より抜粋 コロナ禍バージョン

この信州国際音楽村がある上田市の合唱団が参加する第九の年末コンサートがあったが実現しなかった、ということもあったようで、いつもであればこの大晦日に当たり前のようにコンサートが開かれ、耳にする機会がたくさんあったはずの第九を少しでも届けようとしてくれたものでした。それは配信組も同じで、たとえ交通の便が良いところにいたとしてもジルベスターコンサートそのものが中止になることも起きている中、季節を感じられる好きな音楽を聴き、カウントダウンできる貴重な機会でした。

この難解の極みと言われているピアノバージョンを、リサイタルやクリスマス周辺の多忙なスケジュールの中、準備期間が少ない緊急企画のためにショートバージョンに編曲したりして準備されてきたのだと想像すると、三勇士さんのプロフェッショナルさに頭が下がります。

演奏は、通常100人を越えるオーケストラ・合唱団のスケールの大きさと音の多さが再現されていて、まさに偉業!というような演奏でした。三勇士さんのこのコンサートに対する情熱そのものといったような気迫に満ちたものでした。


<インターミッション>

会場では休憩中に何か企画があったようですが、配信観覧組には過去の同じソーシャル・ディスタンス企画の、信州国際音楽村での野外コンサートの映像が流れていました。いまもう一度見ると、外出自粛後はじめてコンサートを開催することができた喜びが溢れているようで、三勇士さんのそのいつも以上に輝いた目でコンサート開催の経緯を嬉しそうに観客にお話しされているのが印象的でした。 

この休憩中に流れたコンサートのダイジェストのような、上田市(ローカルTV?)制作の紹介動画を貼ってみます。この中のインタビューで語られる信州国際音楽村の方と三勇士さんのコンサートに対する想いとその信頼関係に、心を打たれます。


第二部

第二部は欧米のカウントダウンを思わせる明るい雰囲気で、今まさに迎えようとしている新しい1年への期待と希望が表れたプログラムになっていました。困難が続いた1年を振り返るような第一部との良いメリハリにもなっていて、お正月という特別なイベントの高揚感が存分に楽しめました。

ショパン:小犬のワルツ

筆者にとっては初めてピアノに憧れるきっかけとなった曲なので、プログラムに入っていたことに感激しました。(その憧れが実現したかどうかはさておき笑) 明るく軽やかなメロディーが会場の熱気を徐々に上げていくのを感じて、年越しの瞬間が近づく高揚感をさらに高めてくれました。

聴くたびにその題材となったくるくる回って遊んでいる犬のキャラクターを思い浮かべるのですが、三勇士さんの演奏では、今は小さくあどけないけど将来思ったより大きくなります(笑)というような大型犬の子犬を想像することが多いです。今回は上品で華やかな犬でした。次回は犬種まで絞り込もうと意気込んでいます(笑)


ショパン:英雄ポロネーズ

新年のカウントダウンはこの曲の最後の音が鳴ったタイミングに合わせるというものでした。選曲は第一部のような今の世の中を象徴する静かなものにするか、または明るい希望をイメージさせる華やかなものにするか迷ったとのことでしたが、筆者はこの曲で大満足でした!そして品があって勇ましいこの曲を演奏する三勇士さんは英雄的でかっこいいのです。かなり。これ以上気持ちが上がる組み合わせはないと思わせるくらいです。

あたかも演奏を終えて舞台袖でオーケストラを見守るいつもの三勇士さんのように、この時は会場の観客がカウントダウンクロックと戦う三勇士さんを見守るドキドキハラハラするような緊張感と、成功を祈る温かい空気感を作っていて、画面越しに伝わるようでした。配信観覧組の気持ちも入っていたことでしょう。この一体感は言葉にならない感動がありました。

演奏の最後の1秒という際どいターゲットに向けてスピードを調整していくこと、さらにはそのお人柄を感じる楽しいトークで演奏開始までの時間をつなぐところは、さすがラジオ番組の司会者ですね!これをひとりで、そして初めての試みを成功させてしまうのが金子三勇士という人なのでしょうね。


シュトラウス=金子三勇士:ラデツキー行進曲

ウィーン・フィル!黄金のホール!ジルベスターの絵が浮かんできます。ピアノソロで聴くのは初めてでしたが、この曲もオーケストラの数多くの楽器を10本の指に託すのは大変な技だったと想像します。

翌日の世界一有名なウィーン・フィルのジルベスターでは、無観客で開催されたために手拍子が叶いませんでした。後から思えばこのコンサートで実現していることで、"いつも通り"手拍子付きラデツキー行進曲を聴くことができたお正月になりました。

動画は前述のルールからは外れますが、ウィーンで毎年恒例の、観客が手拍子をするようすを貼ってみます。


リスト:ハンガリー狂詩曲 第2番

締めくくりはほとんど毎回コンサートで演奏される「ハンガリー狂詩曲」をアンコール代わりにとのこと。大役を終えた安堵感でいつも以上に演奏を楽しんでいるような音に聴こえました。このコンサート全体の流れから想像すると、このような意味なのではないでしょうか?

(第一部)昨年は大変な年だった
  ↓ 
(第二部)新年は希望を持って明るくいこう
  ↓
(アンコール)その先にはいつもの”日常"がきっとすぐ戻ってくる

動画は2010年中国西安市でのコンサートから。


最後に

三勇士さんが演奏に込めているメッセージや試みは、翌日のウィーン・フィルのジルベスターコンサートでの指揮者リッカルド・ムーティさんの感動的なスピーチと繋がっているように思えます。

音楽はエンターテインメントですし、音楽家はエンターテナーと呼ばれますが、ただの職業ではありません。使命なのです。音楽家は花という武器を持っています。人を殺す武器ではありません。人々に喜び、希望、平和、愛をもたらし、社会をより良くするという使命です。私たちにとって健康というのは最も重要なものですが、心の健康はもっと大事です。音楽こそがその心の健康を助けてくれます。

三勇士さんのコンサートはいつも演奏の間にトークを挟んでくれることで、素晴らしい演奏そのものに加えて、わかりやすく花が届きます。

いつも緊急になるという信州国際音楽村でのコンサートは、何年も前から準備されていたであろうジルベスターコンサートが、前日に中止になったケースもあったりするくらいのこのご時世ならではのことだったと思います。短期間でコンサートを実現してくださった三勇士さんや運営側の方々のフットワークの軽さにより、2020年はコンサートが激減した時期にも拘わらず良い音楽が届き、たくさんの感動や幸福感を経験することができた忘れられない1年となりました。

このnote記事も、配信があったことでいつも以上に数多くのコンサートを観覧できたからこそやってみようと思えたものです。内容に失礼がないか毎回ハラハラしながらですが...(前回ローランドの記事でソニーのヘッドホンをベタ褒めした後、ローランドにもヘッドホンがあることに気づいて血の気が引いたり...)。

今年も相変わらず音楽を聴いて想像するイメージを実際のものと大きく外していくのかもしれませんが(笑)曲の背景や作曲家、演奏についてなど、引き続き楽しみながら学ぶことで心の健康維持を目指していこうと思っています。

ご挨拶が最後になり恐縮ですが、今年もどうぞお付き合いくださいますよう、よろしくお願い致します。


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