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みゆじックアワー Vol.3 大西宇宙(バリトン)

クラシック音楽初心者が、勉強がてらコンサートの余韻を味わう目的で残す、備忘録に近いコンサートレポートです。

ピアニストの金子三勇士さんがMCを務める『みゆじックアワー』の第3弾。ゲストはバリトン・大西宇宙さん。「台本のない音楽会」と題される(by 金子三勇士)トーク満載の音楽番組風コンサート。今回も会場とライブ配信のハイブリッドで、筆者は配信のみ参加しました。

<プログラム>
『みゆじックアワー』テーマ曲 ~リスト:愛の夢~ by 金子三勇士
シューベルト:魔王
シューマン:「献呈」歌曲版
シューマン=リスト:「献呈」ピアノ版
「作曲家当てクイズ!」この作品を書いたのは誰でしょう??
リスト:《ペトラルカのソネット》第1曲「平和は見つからず」
ラフマニノフ:春の流れ
<アンコール>
小林秀雄:落葉松

公演日:2020年10月13日(火) 渋谷・リビングルームカフェ


大西宇宙さんと金子三勇士さん

大西宇宙さんはアメリカ、日本、ヨーロッパなどで活躍されているオペラ歌手(声楽家と表現するのかしら)。学生時代に吹奏楽部でチューバを演奏していた大西さんは、歌は人間の最もベーシックな楽器と言えるのではないかと意識したことがきっかけで歌に興味を持ったとのこと。歌を勉強することで楽器をより上手に演奏できるのではと思って始めたところ、むしろ歌に惹かれてしまったという。ピアノと声楽で共演するのは珍しく、とくにバリトンとピアノという組み合わせは稀だということで、おふたりの共演は今回初めてなのだそうです。

大西さんはVol.1とVol.2でファンの中に混ざってチャットに参加されていて、さらにこの公演前日に三勇士さんとカジュアルな雰囲気のインスタライブを配信してくれたおかげで、そのフレンドリーなお人柄を知って、コンサートが始まる前にすでに親近感Max。当日が本当に楽しみでした。

三勇士さんからみる声楽と、大西さんからみるピアノ(器楽)はこのような違いがあり興味深いものなのだとか。

ピアノ(器楽)にはないもの:
■役になりきる演技力
■声を出す前にフレーズの長さを想定して息を調整すること
■言葉を音に乗せるために発音していく間の取り方
■とくにヨーロッパの音大では少し年上の学生が多い

声楽にはないもの:
■言葉に出さずに音として演じること(歌詞があるかのように心で歌う)
■感情を表現するために楽器の音色によって伝えていく技術

そしてチャットからは大西さんへの声の出し方などの質問が。歌う声は特別に切り替えるものというわけではなく日頃しゃべる声の延長なため、日頃から喉の負担になるような汚い声を出さないよう気をつけているのだとか。また喉で歌うわけではなく、肺活量が関係あるわけでもなく、声を体で支えることで声を遠くに届けているのだそうです。普段の声からして素敵なわけですね!


終始、仲の良いおふたりの空気が感じられる絶妙なトークから、キリっと切り替えた演奏とのギャップが楽しめる、盛りだくさんのコンサートでした。またおふたりの共演(+トーク)を見れる機会があるといいですね。


『みゆじックアワー』テーマ曲 ~リスト:愛の夢~ by 金子三勇士

配信観覧組としては、この三勇士さんの独奏から始まっていきます(会場組は約1時間の第一部が終了)。テーマ曲ということで、ショートバージョン。

コンサートがはじまる瞬間の高揚感ってたまらないですね。


シューベルト:魔王

引き込まれる世界観とリズムで、初心者にも入りやすい曲。1曲目にこの演目を用意したのも、筆者のような歌曲になじみのないファンを気遣ってくださったのでしょうね。

はじめて中学校の音楽の授業で聴いたときは、なんておどろおどろしく恐ろしい曲だと思ったという大西さん。音楽の授業の記憶がほとんど残っていない筆者は、曲の内容をググって恐怖におののきました!トークでも挙がった子供が怯えながら「お父さん」と歌う場面、「my father(英語)」に聴こえるのですよね。ここだけ英語などというイレギュラーではないと思うのですが(?)ドイツ語と英語の発音がだいぶ似ているのでしょうね。

勉強不足で声楽や大西さんについても今回のコンサートがあるまで存じ上げなかったのですが、歌いながらの演技力に圧倒されました。数秒のピアノのイントロだけで、この舞台セットのないカフェを突然劇場にするその切り替えスイッチはプロフェッショナルの技を見た瞬間でした。「魔王」ではひとりで4人の登場人物を歌い分けるために、声色だけでなく顔の表情を作るのだという。キリっとした表情になり、役になりきった大西さんはイケメン度が何倍か増していました!歌詞と声色と顔の表情で、歌というのは音楽を伝える説得力が最強だと気づきます。大西さんが言うように、人間は生まれながらにして素晴らしい”楽器”を持っているのですね。筆者はオペラとミュージカルの棲み分けがよくわかっていないのでこう言ったら失礼なのかもしれませんが、大西さんがオペラ座の怪人を演じたら素敵だろうなと想像していました。

ドラマチックなピアノも本当に素敵で、迫力とかメリハリとかキレとか、三勇士さんだからこその”演技”が光っている気がしました。この不吉な題材の曲で言うのは適していないかもしれませんが、この曲が三勇士さんのピアノによく合っている気がして大喜び。機会があれば三勇士さんのピアノ版も聴いてみたいです。

そしてピアノを弾いている姿がまるで馬に乗っているかのように見えてくる不思議。指の動きがちょうどピアノに隠れて、あの裏では手綱を操っていたに違いないです(笑) 右手の同じ音の連打がとても印象的なのですが、この速さでリズムを崩さずに同じ指で鍵盤を叩き続けるというのは大変そうですね。腕(指?)を傷めないかと心配になるような。そんなことないのかしら。

ひとことで、おふたりの「魔王」は本当にかっこよかった!(表現が平たいですが)


シューマン:「献呈」歌曲版

もともとは歌曲ですが、筆者からするとピアノ版のイメージがあってからの「献呈」。ここで基本的なことに気づくのですが、歌には性別がありますね!ピアノなどの楽器はイマジネーションのなかでどの性別も演じられる(もしくはあえて性別を意識させない)と想像しますが、今回のように大西さんが歌うものは男性になり、直接的だったり外向的な印象になる。そもそも歌詞は思いをストレートに伝えることができるツールだと思うと、イメージとしては男性的。ピアノは音だけで伝える奥ゆかしさを感じます。歌詞の日本語訳を見てみたくなりましたが、ここで歌詞を検索する前にシューマンの伝記を読んでみました!

と、伝記で知ったエピソードの続きを書きたいところですが、毎回文章がどんどん長くなっていくので、泣く泣く(?)別記事にしようと思います。

簡潔に、この曲に込められたメッセージの自分なりの解釈は、険しい道のりだったふたりの結婚に対する喜びと夢、そして既にピアニストとして成功していた妻への尊敬の念が込められている気がしました。


シューマン=リスト:「献呈」ピアノ版

大西さんは三勇士さんが過去に演奏したこの曲を聴いて、三勇士さんも指で歌っている(感情をこめて演奏している)、そこに実際に歌を重ねることでより魅力的な曲になるのではと思い、共演する演目としてアイデアが浮かんだのだとか。

筆者はリストの編曲によって増えている音の数に気づかされて、言葉で伝える代わりに音を何重にも重ねるというピアノの強みに気づきました。たとえば弦楽器など他の楽器と比べても、重ねられる音の層が厚いのですもんね。ピアノ版では甘くキラキラしていて情緒的なイメージがより際立ちます。今回の演奏ではキラキラが抑え気味に感じたのですが、何かその場の空気感への調整かしら。会場のピアノの性格かしら。筆者の心理的状態かしら(魔王のインパクトに引っ張られているとか)。大西さんのファンで今回はじめてピアノ版を聴いたという方がいたら、ぜひコンサートホールで三勇士さんの”本気の”キラキラに魅了されて欲しいですね(もちろん今日も本気なわけですが(笑))。

そして、無言のメッセージは言葉よりも強調されて受け取られるのではないかと考えを巡らせていました。もしそこにすれ違いがあったら?それもまたコミュニケーション方法のひとつとして味わい深いことなのだと言われてるような気がして、ロマンチックですね。筆者もきっと本来の作曲者や演奏者の意図よりずっと壮大なものを想像したり、極端に捉えているものもあるのだろうと思うことが度々あります。このnoteの記事たちもクラシックファンやアーティストさんたちが見て、そこまでじゃないよ(笑)とツッコミどころ満載かもしれないですね!

歌曲版とピアノ版の聴き比べ、とてもおもしろい企画でした!


「作曲家当てクイズ!」この作品を書いたのは誰でしょう??

ヒントはハンガリー人とのこと。おふたりの言うかんじからして、リストではない。大西さんが、あの人ハンガリー人だったんだ!と思うような、ハンガリーで連想するような作曲家ではないとのこと。筆者は答えを知ったところで知らない作曲家である確率が高いので、毎回その曲で浮かんだ自分のイメージを実際の題材と比べてみるという楽しみかたをしています。

ハンガリーにいるうちは有名ではなく、ウィーンやイタリア(オペラといえば?)など他の国に活動拠点を移してから活躍した作曲家ではと想像。そして言葉がドイツ語のようなのでちょっと心が揺れますが、曲調が明るく伸びやかなことから、イタリア人に師事し、イタリアで活躍した人。この曲はきっと原曲・イタリア語版もある(初心者こそのキテレツな発想?)大西さんの表情も喜びを表しているようで「故郷(あの街)は素晴らしい」といったようなものを歌っているイメージでした。(ウィーンやドイツ拠点で「イタリア旅行は素晴らしかった」と歌っているというパターンもあるかもしれない…)。さて誰のどんな題材の曲なのか、答えの発表が楽しみです。

ちなみに前回の作曲家当てクイズ(チェロ)はジョン・アイアランド「聖なる少年」ということで、ググってみるとキリストの生誕を歌う讃美歌のようです。筆者の想像した旅立つホビットではなかったです(笑)


リスト:《ペトラルカのソネット》第1曲「平和は見つからず」

ピアノ版もあり、歌曲版もリスト本人が作っているという。この曲では超絶技巧のイメージが強いリストの、内に秘めた哲学的な一面が見えるのだとか。メリハリがあってリズムが難しく、ジャズに近いような印象がありました。歌曲とはこういうものなのかしら。ふたりで合わせるのは難しそうだと想像していました。

ピアノソロは激しくもあり(大西さん曰く竜巻のように炸裂する)甘美でもある。歌はドラマチックでもあり、何かを達観しているかのような雄大で静かな情熱を感じるよう。いろいろなシーンをひとまとめにしたような、もしくは多面的で複雑な心境をぐっと詰め込んだような曲という印象でした。きっとピアノだけで演奏する曲だとしたらもっと難しく激しくなるのではと想像して、歌が入ることで複雑な気持ちの一部がピアノから離れて言葉として解放されているようなイメージでした。

表現のしかたがよくわからないですが、大西さんの声量を大から小へ、一息で静かに柔らかに落とす、そのグラデーションみたいな部分がとても美しく心地良かったです。もしかしたらその柔らかく歌うところは大西さんが特に上手なところだったりするのかと想像してみたり。実際はどうなのでしょうね。


ラフマニノフ:春の流れ

この曲の題材になっているのは「雪解け」であり、ラフマニノフがいた国・ロシアの長い冬を越えて雪解け水が小川を作っている情景とのこと。今回この曲をピックアップしたのは、待ちに待った春がようやく訪れたという曲の意図を今の世の中に重ねたからだという大西さん。ここ数ヶ月思うように音楽活動ができなかった音楽家や、音楽を外で楽しめなかったファンが、長い冬を越え少しづつ雪が解けていくように少しづつ外に出て音楽を楽しめるようになった喜びを表現したかったという。note記事を拝見しましたが、大西さんも歌の練習ができるような動画を無料で作成されたり、コロナ禍にいろいろと私たちを励まし、勇気づけてくれる活動をされていたようです。そんな「春」に対する思い入れを今回知ることができました。

それにしても、ラフマニノフのメロディはやっぱり美しいです。どれも感動的なドラマが浮かびます。歌もピアノものびやかに盛り上がり、春の香りを感じながら大きく手を伸ばして深呼吸するような喜びを感じます。


小林秀雄:落葉松(からまつ)

今日はじめての日本語での歌でした。正直なところ日本の歌曲にあまり心を動かされた経験がないのですが、美しい!と感じたメロディでした。母国語であることも歌の技術に集中できる理由なのかもしれません。日本語になると、ひとつひとつの単語をクリアに発音していることがよくわかります。日本語は母音がはっきりしているし、大西さんのように丸みを持たせつつはっきり発音することは、どんな難しさがあるのでしょうね。歌の言語として日本語とはどういう存在か聞いてみたいです。

そして日本の曲を演奏する三勇士さんをはじめて見た気がします。またこう言うと失礼なのかもしれませんが、このメロディをクラシック風に、リストやラフマニノフ風のドラマチックなピアノ曲に編曲したら素敵だろうなと想像していました。


余談ですが、声楽はまったく知識がないとはいえ「バリトン」という存在は聞いたことがあった筆者。というのもトロントに住んでいた時のシェアメイトが後から知ってびっくり、バリトンだったのです(職業:ときにバリトン主にアルバイト)。たまに家で練習しているのに遭遇したのですが、無料オペラを聴こうとひっそり(ちょうど上の階の)部屋で待ち構えている時ほど歌わないんですよね(笑) ちなみにその彼はよくパンを焼いて住人たちにふるまってくれて、その本格的なドイツ風のパンが本当に美味しかった。歌声を聞くことができる頻度より、そのパン職人のかぐわしいパンの香りで心と胃が満たされることの方が多かった(笑)というのを、コンサートを見て懐かしく思い出していました。


最後に

そういえば、他のリサイタルなどでは燕尾服などフォーマルな衣装が多い三勇士さんが「みゆじックアワー」では共演者と共にスーツなのですよね。それもまた近寄りがたいと思われがちなクラシック音楽を身近に感じさせる演出なのかもしれません。むしろノーネクタイでも良いくらいなのですが、それもまた初心者ゆえのキテレツな発想でしょうか。

そして、この「みゆじックアワー」は次回の予定が組まれていないことを聞いて、だいぶしょんぼりしております。このコンサートは革新的でアイデアと工夫に富んでいて、三勇士さん、ゲストさん、スタッフさんたちの熱意や努力がダイレクトに伝わってくるような気がしていました。

特にチャットで双方向のコミュニケーションができるというのは、まるでコンサートを一緒に作っているかのような一体感があり、クラシックとテクノロジーの素晴らしい新旧の融合ですね。デジタルなのにサイン会のようなリアルな体験。また初心者にとっては他の楽器について知る良い機会でしたし、きっと三勇士さんが紹介しなければ能動的に知ろうとしなかったであろう楽器やアーティストをこの流れでSNSのフォローをしてみたり、興味の幅を広げるきっかけになりました。そしてトークがカジュアルであるほど、クラシック音楽家の砕けた話などそうそう聞けるものではないというステレオタイプが払拭されたり。コロナ禍だからこそ生まれた新しいスタイルを満喫していました。外出もままならない中、緊急事態宣言からほんの2~3ヶ月でこれを企画し実現させる、世の中には凄い人たちがいるものです。不謹慎ですがきっと多くのファン、少なくとも筆者にとってこの危機的状況はラッキーでもありました。

と、シリーズ最終回として感想を締めくくったようなコメントになりましたが、次回があることを期待して楽しみに待っております!


筆者のクラシック音楽に関する記事をまとめたマガジン


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