【電力小説】接地棒と命の重み
第7話「接地棒と命の重み」
秋の晴れた停電作業
蜜柑ダム発電所の屋外開閉所は、秋の冷たい陽光に包まれていた。山の斜面は紅葉で彩られ、冷たい澄んだ空気が心地よく頬を撫でる。スズは作業服を整え、足元の敷砂利が不安定であることを意識しながら、先輩と同期に続いた。
「今日は断路器への接地棒取り付けだ。スズ、お前にやってもらう。」
声をかけたのは、現場責任者の嶋谷碧斗だった。10年の現場歴を持つ頼れる先輩で、今日は彼が作業全体を見守っている。もう一人の同期、風間廉も同じ現場でサポートに加わっていた。
「よろしくお願いします!」
スズは少し緊張した声で返事をしたが、心の中では手の汗がにじむような焦りを感じていた。屋外開閉所には巨大な遮断器や断路器が並び、そのどれもが命に関わる重要な設備だった。
接地棒取り付けの手順
「手順書通りにいけば問題ない。だが現場は研修所と違うぞ。」
碧斗は二人に作業手順書を見せながら、注意点を簡潔に伝えた。今日の雨上がりで砂利が湿っているため、足元には特に気をつけるように念を押した。
「廉、まずお前がやってみろ。スズ、しっかり見ておけ。」
廉が先に接地棒を手にし、断路器への取り付け作業を始めた。全長3mの金属製の棒は重量があり、コツをつかまなければ動かしにくい。廉は棒を基礎に引っ掛け、慎重に体重をかけながら持ち上げた。
「その調子だ。焦るなよ。」碧斗が声をかける中、廉は確実に棒を断路器に取り付けた。
「よし、次はスズだ。」廉が棒を取り付け終えると、スズが次の棒を手にした。
スズの初挑戦と危機
スズは接地棒のずっしりとした重さに一瞬たじろいだ。
「これ、思ってたより……重い。」
声に出してしまうと、碧斗が少し笑みを浮かべて言った。
「最初はそう感じるもんだ。基礎に引っ掛けて、力を入れる方向を間違えなければ大丈夫だ。」
スズは言われた通り棒を基礎に引っ掛け、慎重に持ち上げようとした。その瞬間、足元の湿った砂利が滑り、バランスを崩してしまう。
「っ……!」
スズが支えきれなくなった棒がふらつき、危うく充電中の遮断器に向かいかけた。
「危ない!」
廉が素早く手を伸ばし、棒を支えた。スズも踏ん張り直し、なんとか倒れ込むのを防いだ。
叱責と教訓
碧斗が険しい表情で一言だけ言った。
「何やってんだ。」
その短い言葉が、スズには重く感じられた。
廉が支えた接地棒を渡し、スズは再び慎重に棒を構え直した。今度は廉が手を添えてサポートする中、スズは棒を持ち上げ、断路器に取り付けた。
「よし、それでいい。」碧斗が確認を終え、短く頷いた。「スズ、力を入れる方向を間違えないように。現場じゃミスが命に関わることもある。足元の状態も最初に把握しとけ。」
スズは「はい……!」と答えながら、今回の失敗を深く胸に刻んだ。
成長への決意
作業を終えた三人は、紅葉に染まる山の景色を背に機材を片付けた。スズは足元の砂利を見下ろしながら、小さく息を吐いた。
「もっと自分の注意力と体力を鍛えないと……。」
失敗の悔しさを感じながら、次こそはしっかりやり遂げると心に誓った。
横で廉が笑いながら言った。「まあ、初めてでこれなら上出来だろ。スズ、次はもっと楽にできるよ。」
碧斗もふっと表情を緩め、「どんな現場でも注意を怠らない。それさえ忘れなければ、ちゃんとやっていけるさ。」と言葉を添えた。その声は、厳しさの中にも温かさが滲んでいた。
秋風が山の斜面を駆け抜け、三人の決意をそっと見守っていた。