【電力小説第4章第5話】眠らない電力網
「大霧線、トリップしました!」
スズの声が静まり返った制御所に響く。モニターには警報が点滅し、赤いランプが大霧線の異常を示していた。外では暴風雪が激しさを増している。
「保護リレーが作動して再閉路しましたが……再びトリップです!」
スズが画面を確認しながら報告を続ける。モニターの送電線データが更新されるたびに、彼女の胸の鼓動が速くなるのを感じた。
「再閉路が成功するなら、次も自動対応するはずだ」と柴崎当直長が冷静に指示を出す。
その言葉通り、2度目のトリップが発生するも保護リレーが再び動作し、再閉路が成功する。しかし――
「またトリップ!」
スズが叫ぶと同時に、モニターには「再閉路不実施」の文字が表示される。
「2度目のトリップから時限が達していないため、再閉路が不実施です!」
スズの報告に、柴崎が短く頷き、画面を見つめた。「完全にギャロッピングだな。神谷、大霧線から天神線へ系統切替を実施しろ」
「了解しました!」
神谷が即座に操作を開始する。スズはその動きを見守りながら、訓練で繰り返し学んだ手順を思い出していた。
その時、電話装置のパネルにある「特高 西空鋼材工場」のアイコンが点滅し、着信音が鳴り響く。福留が素早く受話器を取った。
「はい、漆師制御所の福留です」
電話の向こうから怒りの声が飛び込んでくる。「さっき、一瞬停電したんだけど、どういうことだ!工場のラインが止まったぞ!」
福留は表情を崩さず、穏やかな声で応じた。「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。現在、気象条件が非常に厳しく、暴風雪による影響が広範囲に及んでおります。そのため、一時的に瞬停が発生した可能性があります」
「気象条件?うちの損害はどうなるんだ!」
「詳細な状況を確認し、必要な情報を後ほどお伝えします。本当に申し訳ございません。引き続き、安定供給に努めておりますので、何卒ご理解いただけますと幸いです」
福留は低姿勢ながらも的確な説明で、怒りを抑えるよう努めていた。
モニターが再び警報を発した。「銀峰線、トリップ!」
スズが画面を確認し、報告する。「保護リレーが再閉路を試みましたが、失敗です!」
柴崎がモニターを一瞥し、冷静に判断を下す。「銀峰線もギャロッピングだな。暴風雪の影響が広がっている。七条地域の供給を確保するため、風嶺線でループイン、銀峰線でループオフだ。スズ、対応しろ」
「はい!」
スズは力強く返事をし、モニターに向かって操作を開始した。
彼女はまず、送電網全体の潮流を確認するため、監視画面を切り替えた。銀峰線と風嶺線の電圧と潮流を確認する。風嶺線には潮流の余裕があり、電圧も安定している。
「風嶺線、電圧正常。潮流も余裕あり」
スズは独り言のように呟き、風嶺線の遮断器を操作画面上で選択。「入」を実行し、ループインを進めた。操作後のデータを注視し、潮流が正常に流れていることを確認する。
「ループイン、成功。次、銀峰線でループオフ」
スズはモニターに映る銀峰線の負荷を最後に確認し、遮断器を選択。「切」を実行すると、銀峰線の潮流は瞬時にゼロとなった。
「銀峰線から風嶺線への切替、完了しました!」スズが報告する。
柴崎が静かに頷いた。「よくやった。だが、この暴風雪では何が起きてもおかしくない。みんな、次のトラブルに備えておけ」
スズは報告を終えた後も、画面を見つめ続けた。手の震えは収まり、体全体に力が戻るのを感じる。
制御所の夜明け前
静まり返った制御所に、福留の電話対応や神谷の画面操作の音が響く。みんながそれぞれの役割を果たし、送電網を守り続けている。
スズはモニターに映る安定した電力の流れを見つめながら、静かに決意を固めた。
「失敗の許されない仕事。それは簡単なことではないけれど、電気を利用していただいているお客様のために、安定供給を実現する。この使命を果たすためには、技術を学び、実践し、電気を送り続けるしかない。それが電力マンとしての誇りだ――私はこの仕事を守り抜く」
外の暴風雪はまだ収まらない。けれど、スズの中には、自分の使命を果たした確かな手応えが灯っていた。
スズの電力用語豆知識講座:ギャロッピングとは?
「さて、ここで電力の専門用語をひとつご紹介します!」
ギャロッピングとは、主に降雪や着氷が原因で送電線が上下に激しく振動する現象です。
強風が吹くことで、電線に付着した氷が揚力を生み、電線が上下運動を繰り返します。この振動が過剰になると、電線同士が接触して短絡事故を引き起こしたり、送電線そのものが損傷したりする危険性があります。
技術者にとっては、迅速な系統切替や負荷分散で被害を抑えることが重要になります。今回のスズたちも、まさにその対応をしたというわけですね!