【電力小説】第3章 第3話 風の中の塗装工事
出発前の準備
スズは主任から手渡された資料を見つめていた。「米賀変電所、500kV級変圧器の塗装工事。工期は1週間だ。全工程を立会するのはスズ、お前の役目だ。」
「私が、ですか?」スズは少し驚きながら答える。主任は軽く笑いながら言った。「最初の一歩にはちょうどいい。安全管理と進捗確認を徹底すれば問題ない。」
主任は続けた。「500kV級変圧器の塗装工事は、単なる見た目の問題じゃない。塗膜が設備を守るんだ。下地処理も、プライマーも、中塗りも、上塗りも全部重要だ。お前ならきっと理解できる。」
スズは資料に目を落としながら小さくうなずいた。「安全帯や作業記録も確認するんですよね……。がんばります。」
主任は頷くと、出発前に一言付け加えた。「そうだ。それと、現場で萎縮するなよ。作業員たちは経験豊富だが、お前は現場全体を守る立場だ。」
ケレン作業の現場
米賀変電所に到着したスズを待っていたのは、明るく元気な作業員たちだった。リーダーの山田が近づいてきて、笑顔で声をかけてくる。「スズさん、1週間の長丁場、よろしくな!」
スズは挨拶を返しながら、変圧器を見上げた。その巨大さに圧倒されつつも、この1週間で自分の役割を果たさなければと気持ちを引き締める。
初日はケレン作業がメインだった。ワイヤーブラシやスクレーパーを使い、劣化塗膜やサビを丁寧に除去する作業員たち。粉塵を工業用掃除機で吸い取る音が変圧器の周囲に響く。
「ケレンだけで1日かかるんですね。」スズが声をかけると、山田はブラシを片手に笑いながら答えた。「この規模だと当たり前さ。下地がちゃんとしてないと塗膜が剥がれるからな。基礎が全てだよ。」
スズはその言葉に頷きながら、「主任の言葉と同じだ」と心の中でつぶやいた。
塗装工程の進行
翌日からはプライマー(錆止め塗料)の塗布が始まった。スズは作業の進行を記録しながら、塗布面積や乾燥時間を確認していく。作業員が丁寧に刷毛を動かす様子を見つめながら声をかけた。
「プライマーがしっかり塗れていれば、中塗りや上塗りの仕上がりが良くなるんですね。」
「その通り。それに、サビ止めは設備を守る盾みたいなもんだ。」作業員の一人が頷く。
中塗り作業が進むと、重ね塗りするたびに変圧器が少しずつ輝きを取り戻していく。その様子にスズは少し誇らしい気持ちになる。
「この重ね塗りが、変圧器全体を守るんですね。断熱や防食にも役立つと聞きました。」スズが山田に問いかけると、山田は感心したように言った。「知ってるじゃないか。でも、この規模だと仕上がりのムラが出やすいから注意が必要だぞ。」
スズは微笑みながら、「注意します」と応じた。主任の教えや自分で調べたことが現場で生きているのを感じた。
風が運んだ試練
突如として風が強く吹き始めた。足場が少し揺れる中、スズは作業員の一人が安全帯を外して移動しようとしているのを目にする。
「待ってください!」スズはすぐに声を上げた。作業員が振り返ると、スズは毅然とした声で続けた。「安全帯をつけないのは危険です!」
その場の空気が一瞬張り詰めたが、山田が口を開いた。「スズさんの言う通りだ。みんな、安全第一でいこう!」
作業は一旦中断され、風が落ち着いてから再開された。スズはホッと胸を撫で下ろしつつ、自分が現場を守る立場だと実感した。
工事終了と新たな決意
1週間の工事が無事終了。500kV級変圧器は美しい塗装で覆われ、まるで新しく生まれ変わったかのようだった。
山田が笑顔で言った。「この規模の工事を1週間見守るのは大変だったろう?若いのに大したもんだ。」
スズは少し照れながら答えた。「主任から、『見た目だけじゃなく、中身を守る作業だ』と教わりました。それが本当に大事だと現場で実感できました。」
山田は頷き、「それが分かるのはすごいよ。見た目だけで終わらない姿勢が、設備を守る現場には欠かせないんだ。」
スズは微笑みながらこう続けた。「変圧器は、電力を支える大切なパートナーですから。これからもずっと働いてもらえるように守りたいんです。」
作業員たちも「また一緒に仕事したいね!」と声をかけ、スズは新たなやりがいを胸に現場を後にした。