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【電力小説第4章第6話】新年の笑顔と制御システムの危機

「10秒前!」

神谷が声を張り上げると、福留が「新年最初の“あけおめ”は俺が取るぞ!」と冗談を言い、スズもつられて笑みを浮かべた。

「3、2、1……あけましておめでとう!」

A直の所員たちは互いに手を叩き合い、新年の挨拶を交わした。福留が「今年も大きなトラブルなしでいけるといいな!」と笑い、神谷が「スズ、今年はもっとしっかり動いてもらうぞ」と軽くからかった。スズは「よろしくお願いします!」と返し、制御所には穏やかな空気が流れていた。

しかし、その平穏は突然の警告音で打ち破られた。


「警告:データ取得エラー」

赤い文字が監視盤に表示され、スズの表情が強張った。「計算機Aに異常です!」

神谷が慌てて画面に駆け寄り、手を動かしながら声を上げる。「データが……消えていく!?どうなってるんだ!?」

画面には次々とエラーが表示され、系統の潮流データが断片的に欠けていく。神谷は焦りを隠せない。「これ、ハッキングか?それともコンピュータウイルス?」

福留は画面をじっと睨み、冷静に状況を把握しようとしていた。「A系が完全に落ちたな……B系に切り替えるしかない」

柴崎が短く指示を出す。「神谷、B系に切り替えろ」

神谷が操作を進め、B系への切り替えは完了した。しかし画面の挙動は明らかに遅く、状況は改善しない。「B系も不安定です!潮流データの更新が不規則で、一部の情報が欠けています!」

スズは背筋に冷たいものを感じながら画面を見つめた。「もしこのまま計算機が全て落ちたら、系統に何が起きてるのか全く分からなくなる……」

福留が苦い表情でつぶやく。「バックアップ系に切り替える準備を進めるべきだ。これ以上遅れると、本当に危ない」

柴崎が静かに頷き、スズに声をかけた。「計算機室でバックアップ系に切り替えろ。福留、フォローしてやれ」

スズは緊張に飲まれそうになりながらも、小さく頷いた。「わかりました!」


スズが計算機室に急ぎ、PCの前に座る。表示されたバックアップ系の切替画面には、警告メッセージが次々と流れ込んでいる。

「バックアップ系、準備完了……切替実行!」

手順書に従い、ボタンをクリックすると数秒後、「切替成功」のメッセージが浮かび上がった。スズは短く息を吐き、「切替、完了しました!」と報告した。


制御所に戻ると、監視盤のデータが徐々に復旧し始めた。「潮流が戻った!」と福留が声を上げ、神谷もほっとした表情で椅子に座り直した。

「これで一安心ですね……」とスズが言うと、柴崎が静かに首を振った。「まだ油断するな。システムトラブル中に系統事故が起きなかったのは運が良かっただけだ。もし同時に事故が発生していたら、状況はもっと混乱していただろう」

その言葉に、制御所内の空気が再び引き締まった。福留も「確かに……異常箇所が特定できないまま操作していたら、手遅れになる可能性もあった」とつぶやく。

1時間後、システム担当の藤井が到着し、ログの解析を始めた。険しい表情で画面を見つめながら結論を口にした。「外部攻撃ではない。年末に導入したソフトウェアの年変わり処理に不具合があったようだ」

福留が肩の力を抜きながら「原因が分かっただけでも安心だ。でも、こういうトラブルが起きないようにもっと備えが必要だな」と話した。

柴崎がA直の所員たちを見渡し、「今回は対応が迅速だった。しかし、こうしたトラブルはいつでも起こり得る。日頃の準備と冷静な判断が何より大事だ」と語った。

スズは今回の経験を振り返り、胸に新たな決意が芽生えた。

「計算機がダウンしていく恐怖を目の当たりにして、いかにシステムが重要かを思い知らされた。もっと学び、技術を磨いて、系統を守る力をつけたい」

窓の外には、新年の静かな深夜が戻っていたが、スズの心には新たな挑戦への思いが灯っていた。

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スズの電力用語豆知識講座:「計算機A・B」

「計算機A・Bって何だろう?」と疑問に思った方もいるかもしれません。

これは、制御所で電力系統を監視・制御するために欠かせない、専用のコンピュータのことです。

電力系統では、送電線や変電所を通る電力の流れ(潮流)、電圧、周波数など、膨大なリアルタイムデータを処理しています。このデータを正確に分析し、異常があれば迅速に警告を出すのが「計算機」の役割です。

通常、計算機はA系とB系の2系統で動作しています。これは、どちらか一方にトラブルが発生しても、もう一方がバックアップとして機能する仕組みです。さらに、万が一A系・B系の両方が動作しなくなった場合に備え、バックアップ系という第3のシステムも用意されています。

計算機が正常に動作しないと、系統全体の状況を把握できず、大きな事故を防ぐのが困難になります。そのため、計算機は電力供給の心臓部とも言える存在です。

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天乃零(あまの れい)
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