【電力小説第2章第3話】高みを目指して
鉄塔昇降訓練の朝
研修所の朝は冷え込んでいたが、空は抜けるように青く澄んでいた。施設裏手の訓練場には、一際目を引く30メートルの鉄塔がそびえ立っている。
「ビルの10階分……。これを登るのか。」
スズはその高さを見上げながら呟いた。
「おはようさん!スズさん、やる気十分やな!」
曽根 圭介が笑いながら声をかけてきた。
「いえ、ちょっとビビってます。」
スズが正直に答えると、曽根は「そんなん言うて、スイスイ登るんやろ!」と笑った。
講師の飛嶋 誠一(送電担当)が新人たちを集め、鋭い声で言う。
「鉄塔に登る訓練は、高所作業の基礎中の基礎や。命綱の使い方、安全帯の締め方、全部徹底せな現場で事故るぞ!登る前にしっかり確認しとけ。」
飛嶋の言葉に、一同の表情が引き締まる。スズもベルトを慎重に調整し、隣の篠塚 怜司が「大丈夫そう?」と小声で聞いてきた。
「うん、たぶん大丈夫。」
スズが頷くと、篠塚も「じゃあ、頑張ろう」と笑みを返した。
鉄塔昇降訓練
スズは鉄塔の足元に立ち、ゆっくりと足場に足をかけた。金属の冷たさが安全靴越しに伝わる。高い場所への恐怖は思ったよりもなかったが、慎重に登らなければという緊張感が全身を包んでいた。
「落ち着いて一歩ずつ……。」
自分に言い聞かせながら進むスズを、下から曽根や篠塚が見上げている。
「スズさん、いい感じやん!」
曽根が声をかけると、スズは小さく手を振った。
頂上が見え始める頃には、手足が重くなっていたが、スズはついに旗を掴んだ。30メートル上空の達成感が胸に広がり、地上を見下ろすと、同期たちが拍手や声援を送っていた。
「やった……!」
スズはほっと息をつき、慎重に降り始めた。
他の同期たちも次々と挑戦する。真木 悠翔は登りながら「いやー、これ、高いわ!」と苦笑いし、清洲 航平が「お前のほうが怖いこと言うてるやん!」と突っ込む。
篠塚 怜司は軽快に登り切り、「これ、楽しいね!」と余裕の表情を見せた。曽根 圭介も苦労しながら登り切り、「俺、もっと体重落とさなあかんな!」と笑いを誘う。
最後に登った風間 廉が旗を掴み、「みんな速すぎるよ!」と少し息を切らしながら笑うと、下では大きな拍手が起こった。
送電系統の講義
午後は、海道 龍臣(系統担当)による送電系統の講義だった。
「送電系統は電力を送るための大動脈や。電力需要と供給のバランスを取りながら、安定を保つ必要がある。」
スライドには、発電所から変電所を経て電気が需要地に届く流れが示されている。海道が続ける。
「例えば、需要が急増したら系統全体で周波数が変動する。これを補正せな、全体が不安定になる。送電系統は、そんなバランスを維持するために設計されとるんや。」
スズはノートを取りながら、言葉の多くを頭に留めきれない自分に焦りを感じていた。隣の清洲 航平が小声で「難しすぎやろ……」とぼやき、スズは小さく笑った。
講義後、風間 廉が声をかけてきた。
「難しかったね。でも、少しずつ覚えていけばいいんだよ。現場で経験すれば、きっともっと分かるようになる。」
スズは「ありがとう」と返し、焦りを少し和らげることができた。
研修所の最終日と打ち上げ
夕方、講師陣からの最終講義が行われた。稲原 澄道(発電所担当)が前に立ち、静かに語る。
「これで2ヶ月間の研修は終了です。ここで学んだことを基礎として、現場でさらなる経験を積んでください。」
夜、スズたちは近くの居酒屋で打ち上げを開いた。ジョッキを片手に清洲 航平が「鉄塔はホンマにしんどかった……」とぼやき、篠塚 怜司が「でも降りるの早かったね!」と軽く突っ込み、場が笑いに包まれる。
曽根 圭介が「送電系統の話、宇宙語みたいやったな!」と冗談を言い、伊吹 凌が「まあ、あれは難しいよ。でも大丈夫、これから学ぶんだから。」と冷静にフォローする。
「変電所か……楽しみだな。」
篠塚がぼそっと呟き、スズは顔を向けた。
「篠塚さん、変電所なんだね。」
「うん。でも発電所がなきゃ変電所は動かないし、お互い頑張ろうな。」
スズは頷きながら、「私も発電所で頑張らなきゃ」と心の中で決意した。
スズの未来への期待
帰り道、夜空を見上げるスズの頭には、鉄塔の頂上から見た景色が浮かんでいた。
「発電所で学ぶことが、いつか違う現場でも役に立つ日が来るのかな。」
隣を歩く篠塚 怜司が、「きっとそうなるよ。いずれまた、一緒に仕事できるかもな。」と言い、スズは小さく微笑んだ。
同期たちと並んで歩くスズの表情には、新たな挑戦への期待がにじんでいた。