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【電力小説】第3章第10話 現場の炎

雨が激しく降る夜、スズと森重主任は緊急車両で米賀べいが変電所に到着した。車を降りると、GIS付近から赤い炎が立ち上り、黒煙が雨風に煽られて揺れているのが見える。焼け焦げる臭いが鼻を突き、スズは息を呑んだ。

「火元は避雷器付近だ!」主任が鋭い声を上げる。
「スズ、すぐに消防に通報しろ!」

スズは震える手でポケットからスマートフォンを取り出し、緊急通報の番号を押した。雨で画面が濡れ、指が滑る。心臓の鼓動が速まり、息が詰まる思いだった。ようやく電話が繋がり、女性オペレーターの冷静な声が耳に届いた。

「119番、火事ですか?救急ですか?」

「火災です!米賀変電所で設備から炎が上がっています!」
スズは声を震わせながら答えた。

「場所を詳しく教えてください。」

「米賀変電所の避雷器付近が燃えています!」
スズは必死に状況を伝えた。オペレーターが「消防隊を向かわせます」と答えたとき、スズは一瞬だけ安堵したが、目の前の炎がその気持ちをすぐにかき消した。

その間、主任は課長や制御所に電話をかけ、現場の状況を報告していた。
「避雷器付近で火災発生。GIS内部への影響は不明だが、現場は非常に危険な状態だ。」

主任の冷静な声が、スズの緊張を少し和らげた。


消防隊が到着するまでの間、主任はスズに周辺の状況確認を指示した。
「スズ、火災の広がりを確認し、損傷箇所を記録しろ。」

スズは雨に打たれながら避雷器付近を観察した。焼け焦げたケーブル、変色した絶縁体――どれも深刻な損傷を示していた。記録を進める中、炎の熱気と雨音が混じり合い、現場の緊張感が増していく。

やがて消防隊が到着し、特殊な消火剤を使用して消火活動を開始した。スズと主任は安全な距離からその様子を見守った。炎は徐々に鎮まり、黒煙も薄れていったが、焼けた臭いが現場に漂い続けた。


翌日、事務所で本店の解析専門家とWeb会議を通じて原因調査が行われた。画面越しに映る専門家たちは、監視システムのログデータや避雷器の損傷状況について次々と質問を投げかけてくる。

「雷サージの波形データを確認しましたが、これは通常の雷ではない規模のものです。至近距離に落雷があった可能性があります。」
「避雷器の限界耐圧を超えた電圧がかかったと考えるべきでしょう。」

スズは現場で記録したデータを共有しながら、解析に加わった。専門家たちの議論が進む中、避雷器の設計耐圧を大幅に超える超巨大雷の直撃による損傷が最も可能性が高いとの結論に至った。

「自然の力がこれほどとは……」主任の呟きに、スズは自然の脅威と技術の限界を痛感した。全てを防ぎきることはできない。それでも、この経験を次の対策に活かすしかないと彼女は感じていた。


調査が一区切りついた後、主任がスズに声をかけた。
「防ぎきれないことがある。それでも、現場で学んだことを次に活かすのが技術者だ。」

スズは主任の言葉を深く胸に刻み、決意を新たにした。その時、制御所の監視システム画面に映る膨大な情報が目に浮かんだ。

(現場だけじゃなく、制御所での対応力も必要だ。私が次に進むべき場所は、そこかもしれない……)

スズは次はもっと迅速で的確に対応できる自分になると誓い、新たな課題に向き合う準備を進めた。


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天乃零(あまの れい)
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