【電力小説】第3章 第1話:巨大な変電所
「次、虻川変電所。」
森重 崇雅主任の指示で、スズは助手席の地図に目を落とした。点在する管理変電所の一覧が記されたプリントを手にするが、まだ場所を覚えきれていない。「これだけたくさんの変電所を全部覚えるなんて、本当にできるんだろうか……」スズは心の中で不安を呟いた。
スズが異動した変電保守課は、街中から田畑の中、山間部まで広がる約50箇所の変電所を管理している。発電所とは違い、それぞれの場所が離れており、初動対応では「現場にたどり着く」ことが重要だった。
「変電所の位置を覚えるのは新人の基本だ。」
運転席の森重が淡々と言う。「いざというとき、地図を見ながらでは間に合わない。少なくとも主要なところは頭に入れておけ。」
スズは曖昧に頷くが、正直、頭に入る気がしなかった。
500kV級変電所の見学
数日後、スズは森重主任と真壁 瑛士先輩に連れられ、500kV級の連系用変電所(米賀変電所)の見学に向かった。現場に着いた途端、そのスケールにスズは息を呑む。
「でかい……。」
敷地いっぱいに並ぶのは、灰色の筒状の機器――GIS(ガス絶縁開閉装置)。「これがGISか……。」スズは研修所で学んだ内容を思い出す。
森重が手を指し示しながら説明する。「GISは、SF6ガスを絶縁媒体に使い、空気絶縁型に比べて設置面積を大幅に削減している。コンパクトだが、その分、内部異常が発生すると分解修理が必要だ。これが大きな課題でもある。」
近くにある500kV級の単相変圧器も、スズに強烈な印象を与えた。見上げるような大きさの機器は、三相一体型の発電所の変圧器とは異なる構造だ。森重が続ける。「この単相変圧器は、一つが壊れても交換がしやすい。ただし、この大きさを保守するには、それなりの準備がいる。」
スズは自分の小さなノートに書き込んだ。「研修所で学んだ知識をどう現場で使うのか、まだ想像もつかない……。」
夜間トラブルと出動不能の失態
異動から数週間後の夜、自宅で一息ついていたスズのスマートフォンが鳴った。画面に表示されたのは森重主任の名前。
「虻川変電所で警報が発生した。急いで現場に行ってくれ。」
電話越しの森重の声は静かだが、緊急対応の雰囲気が漂う。
スズはすぐに車を出し、ナビをセットした。しかし、ナビに表示されたルートは途中で途切れ、田畑の中を指し示している。外は真っ暗で、頼りになる目印もない。スズは何度も地図とナビを見比べたが、目的地にたどり着く自信が持てなかった。
「主任、申し訳ありません。どうしても場所が分かりません……。」スズは電話で謝罪した。
森重は短く答えた。「分からないのは仕方がない。ただし、次は言い訳は通用しないと思え。」
電話を切ったスズは、深い溜息をつきながら車を停めた。「私のせいで、対応が遅れたんだ……。」悔しさと情けなさが胸を締め付ける。
次のステップへ
翌週、仕事に戻ったスズは、事務所の机で改めて管内の地図を眺めていた。真壁 瑛士が後ろから声をかける。「スズさん、この前の週末も回ってたんだって? かなり進んだみたいだね。」
「3週間の予定なので、まずは東部の15箇所から始めました。でも、まだ道を覚えるのに苦労して……。」スズが答えると、真壁は少し笑いながら言った。「慣れれば迷うことは減るさ。GISも変圧器も、実際に触れてみて初めて分かることがほとんどだからね。」
スズはその言葉に小さく頷いた。「確かに……この仕事、簡単じゃないけどやりがいがあります。」
スズは机の上にある工具と地図を見つめながら、「次の週はもっと効率よく回れるようにしよう。そして、あの500kV級変電所でも役に立てるようになりたい。」と心の中で決意を新たにした。