【電力小説】保守操作の重み
第8話「保守操作の重み」
作業日の朝
蜜柑ダム発電所の操作室は朝の静寂に包まれていた。スズは分厚い操作票を手に、緊張した面持ちで先輩の加藤美里夜の隣に立っていた。
「操作票、これで大丈夫か?」
加藤が操作票を手に取り、端から端まで目を通しながらスズに問いかける。
「標準操作票を基に作成したので、大きなミスはないと思います。ただ……トラブルが起きたらどうすれば……。」
スズの言葉に、加藤は顔を上げた。
「操作票にはトラブル対応までは書かない。だが、作業手順や設備の状態を理解していれば、対処法も見えてくる。お前はその段階に来ているんだよ。」
その言葉にスズは少し安心し、再確認のため赤ペンで数か所を修正した。
発電所停止操作
午前10時、スズと加藤は操作室で制御所と連絡を取り、発電所の停止操作を開始した。
「これより蜜柑ダム発電所の停止操作を行います。」
制御所のオペレーターが指示通りに操作を実行し、発電機の回転数が徐々に落ちていく。
「発電機停止!」制御所の報告が入った直後、発電機遮断器の大きな開放音が操作室にも響いた。
「よし、これで発電機は系統から切り離されたな。次は電気系統の停止操作だ。」
スズは操作票を確認しながら遮断器の電気ロック・機械ロックを行った。
「次は圧油系統だ。バルブを慎重に開けて、圧力を抜いていけ。」
スズは手順に従い、圧力計の針がゼロに近づくのを確認しながら操作を進めた。
「次は圧縮空気だ。こっちも手順通りに安全に操作しろ。」
スズは圧縮空気系統の操作に取り掛かったが、操作盤を見た瞬間、一瞬だけ手が止まった。
「加藤さん、この圧力値、もう少し減らした方がいいですか?」
「操作票に従え。それで問題ない。」
スズは操作票を再確認し、自信を持って作業を進めた。
思わぬトラブル
全て順調に進んでいるように見えたが、突然、圧油系統の圧力計が異常値を示し始めた。
「ん? なんだこの値は……。」
加藤が計器に目をやり、険しい表情になる。
「スズ! 圧油系統のバルブが完全に閉じていない可能性がある。バルブを直接確認しろ。」
スズは操作票を持ちながらバルブのある場所に急いだ。
「バルブが全閉されていません!今すぐ全閉します!」
スズは慎重にバルブを調整し直し、圧力計が正常値に戻るのを確認した。
操作完了
「これで全ての操作が完了だな。工事課に連絡しろ。」
加藤がほっと息をつきながら言った。スズは操作票に従いながら、工事課に作業完了を報告した。
「お疲れさま。トラブルの際に冷静に判断できたのは良かった。」
スズは小さく頷いた。操作票を完璧に作り、操作の意味を理解して作業に当たる――次の目標がスズの中に生まれていた。
帰路と決意
事務所に戻る車の中で、スズは今日の作業を振り返った。
「思わぬトラブルがあったけど、なんとか冷静に対処できた。」
加藤が運転しながら笑った。「現場の経験を積めば、操作票の重要性もその先も分かるようになる。あとは場数だ。」
夕日が差し込む車内で、スズは次の現場に向けて心を新たにした。
「操作票を作るだけじゃなく、完璧に理解して、何があっても対応できる技術者になりたい。」
スズの胸には、次の目標への決意が静かに刻まれていた。