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【電力小説】第1章最終話 発電所から次のステップへ


第11話「発電所から次のステップへ」

暗闇の導水路

「佐藤、準備はできたか?」加藤の声が冷たい空気に響く。
スズはヘルメットをしっかり被り直し、ライトを点灯させた。

「大丈夫です!」気合を入れて答えたものの、不安が胸をよぎる。今日は冬季巡視。停止中の発電所に向かうため、長い導水路を通らなければならない。

導水路に足を踏み入れると、ヘッドライトの光だけが頼りになった。冷たく乾いたコンクリートの壁が光を鈍く反射し、奥は完全な闇。ライトが届かない先の深さがスズを圧迫するようだった。

「こんなところでトイレしたくなったら、どうするんですか?」
スズが何気なくつぶやくと、加藤が振り返りながら笑った。

「だから出発前にしっかり準備しとけって言っただろ。」
その軽妙な答えに、スズは苦笑いしながら一歩一歩慎重に進んだ。

見えない守護者

発電機室に到着すると、スズは息をつく間もなく巡視を始めた。冷えきった金属の配管や計器に触れながら、異常の兆候を探していく。

「次は保護リレーの確認だ。」加藤が指示を出す。

スズは指示された場所に向かい、壁際に設置された保護リレーの外観をチェックした。リレーのカバーに傷や汚れはないか、配線に緩みはないかを確認しながら手順を進めていく。

「これが保護リレーですか?」

「そうだ。発電機に異常が起きたとき、遮断器に信号を送って装置を守る仕組みだ。過電流や異常な振動を検知して、回路を即座に切る役割を果たす。」

スズは慎重に配線や端子の状態を確認し、「異常なし」を記録した。

「動作していないということは正常なんですね?」

加藤は頷きながら答えた。「その通り。ただし、正常に見えても中身が壊れていることがある。だから定期的に動作試験をするんだ。試験を怠れば、いざというときに何の役にも立たない。」

スズは保護リレーの重要性を改めて理解し、口を開いた。「変電所ではもっと複雑な保護リレーがあるんでしょうか?」

加藤は微笑みながら答える。「ああ、規模は違うが原理は同じだ。発電所で学んだことを土台にすれば十分応用が利く。」

その言葉に、スズは少しだけ胸を張りながらリレーの前を後にした。

面談での異動希望

数日後、スズは事務所で上司の古川主任との異動面談に臨んでいた。

「佐藤、発電所での勤務はどうだった?」

「発電所の仕事はやりがいがありました。設備が直接動いているところを見られるのが特に面白かったです。ただ、変電所ではさらに広い視点で電力供給全体を学べるのではと考えています。」

古川は興味深そうに頷きながら言葉を続けた。「確かに、変電所では発電所よりも広範囲で設備を見なきゃならない。保護リレーの数も多いし、系統全体の運用も視野に入るからな。その経験は将来必ず役立つ。」

「ありがとうございます。変電所でも全力で頑張ります!」スズの声には少しだけ自信が混じっていた。

自販機のそばで

面談を終えたスズは、事務所の自販機の前で缶コーヒーを選んでいた。その横から同期の風間廉が声をかけてきた。

「どうだった?面談。」

スズは振り返り、「変電所勤務が決まりそう。正直、発電所と全然違うんだろうなって、ちょっと緊張してる。」と返した。

廉はコーヒーを取りながら軽く笑った。「俺もだよ。変電所は系統運用に近いから、少し楽しみではあるけどね。」

「系統運用?」

「ああ。本店の系統運用部とか、いずれ行ってみたいと思ってるんだ。そのためには現場経験が大事だって聞いたからさ。」

「そっか、廉ならきっと行けるよ。」スズがそう言うと、風間は照れくさそうに笑い、「お互い、まずは次の現場で頑張ろうな。」と答えた。

第1章完

発電所での経験を胸に、新たな職場への期待と不安を抱きながら、スズは次の挑戦を思い描く。寒さが厳しい季節の中で、彼女は次なる春を待つような心持ちで、新たな一歩を踏み出そうとしていた。


第1章完



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天乃零(あまの れい)
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