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複素数の花...ド・モアブルの公式

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高校生の斉藤優斗は数学が苦手だった。公式を覚えてもすぐに忘れてしまい、数式を見ただけで頭が痛くなる。そんな彼が、なぜか気になる名前だけは覚えている公式があった。「ド・モアブルの定理」――聞いたとき、なぜかその響きに惹かれたのだ。

ある日、学校に特別授業を行うため、近くの大学から川村亮という大学院生がやってきた。若い講師が黒板に大きな円を描き、幾何学的な図形を次々と書いていく。「複素数を使えば、この円周上に等間隔の点が現れます。ド・モアブルの定理が、その鍵を握っているんです。」川村はそう言うと、簡単な例を示した。

「例えば、$${ z^3=1 }$$ という方程式を解くと、円周上に3つの点が均等に配置される形が出てきます。まるで正三角形のような形ですね。数学が苦手でもいいです。この美しい形を覚えておいてください。」

美しい形。優斗にはそれが全くピンと来なかった。ただ、川村の話す声や黒板に描かれた図形が、どこか心に残った。その日の夜、優斗はふと思い出してノートを開いた。ノートに描いたのは一つの円。そこにいくつかの点を配置し、点から点に線を引いてみる。ぎこちない手描きだったが、その形が小さな花のように見えた。「これが……ド・モアブル?」

翌日、数学の授業で優斗は勇気を振り絞り、大野先生に質問してみた。「先生、ド・モアブルの定理って、どういうものなんですか?」

「お、珍しいな。聞きたいのか?」先生は嬉しそうに黒板を使って説明を始めた。「ド・モアブルの定理ってのはな、複素数$${ z=cos⁡ \theta +i sin⁡ \theta }$$を使って、指数 n に応じて偏角を n 倍する方法だ。たとえば  $${ (cos⁡ \theta +i sin⁡ \theta)^3=cos⁡(3 \theta)+i sin⁡(3 \theta) }$$。こうやって、角度を変えていくんだ。」

優斗はぼんやりと聞きながら、放射状の線が頭に浮かんだ。昨日描いた円と点が繋がるような気がした。

日曜日、優斗は近くの公園を散歩していた。池の周りには花壇があり、小さな花が綺麗に並んでいる。その形を見たとき、胸がどきっとした。見覚えのある配置。昨日ノートに描いた図形と、目の前の花壇が同じ形に見えた。「これって……ド・モアブル?」優斗は呟いた。

近くには大学がある。あの川村亮が所属している大学だ。優斗はいてもたってもいられず、自転車を飛ばしてその大学を訪れた。何とか川村の研究室を見つけ出し、扉を叩く。

「川村さん!特別授業のときの話、覚えてますか?」

川村は少し驚いた顔をしたが、優斗の話を真剣に聞き始めた。「公園の花壇の配置が、ド・モアブルの定理で出てくる形と同じに見えたんです。」

「へえ、それは面白い視点だね。実はその花壇のデザイン、僕が提案したものなんだ。複素数平面上でド・モアブルの定理を使って配置を計算して、正多角形を基にしたデザインを作ったんだよ。」川村は微笑みながら答えた。

「やっぱり!」優斗は興奮を隠せなかった。「じゃあ、本当に数学がこんなところに生きてるんですね。」

「その通りだよ、優斗君。」川村は優しく答えた。「数学の公式や定理は、単なる記号の羅列じゃない。世界のどこかに必ず形を変えて現れるんだ。それに気づけた君は素晴らしいよ。」

帰り道、優斗は再び公園に立ち寄った。夕日が花壇を照らし、美しい影を作り出している。「数学って……こんなに面白いものだったのかもしれないな。」優斗は少しだけ、数学が好きになり始めている自分に気づいていた。


(文字数:約1900)

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天乃零(あまの れい)
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