見出し画像

SNSへの心地悪さの正体 <シリコンバレーは今日も晴れ>

最近IT業界の人々の間で話題となっているドキュラマ(ドラマ+ドキュメンタリー)をNetflix で見た。「The Social Dilemma (邦題ー「監視資本主義: デジタル社会がもたらす光と影」)という一時間半の番組だ。

この番組では、大手ネット企業の元従業員等が、自らが開発してきたSNSの危険性に対し警鐘を鳴らしている。これを見て、これまで私がずっと感じていた「SNSへの疑念・警戒心の」理由がわかった。

実は、私も(規模は小さいが)「加害者側」の人間だ。あるネット企業(アプリ開発)で働いているのだが、そのビジネスモデルはSNSのそれと似通っている。アプリには、無料版と課金版があり、前者には当然ながら広告が挿入される。その広告は(ユーザーの許可を得た範囲で集めた情報に基づいて)「最適化された」ものだ。つまり、デモグラフィー(性別、年齢、居住地域などの属性)や、ユーザーの行動(アプリの使用履歴)を元にしてユーザー好みに「カスタマイズ」されているのだ(統計とA/Bテストを駆使!)。

前述の番組でも触れていたが、「成長」と「エンゲージメント」という言葉は決まり文句で、社内で聞かない日はない。ユーザーの属性、行動パターンなどの情報を集めれば集めるほど、ダウンロード数・登録者数は増える。また、ユーザーにとって魅力的なサービスを提供することで、アプリの使用時間は伸びる。すなわち「収益の最大化」が図れるのだ。

どこの企業でも同様の原理で動いているのかもしれないが、シリコンバレーでは特に、上記のコンセプトは、空気のように自然なものだ。つまり、「もっと多くのユーザーの目を集められないか」、「いかにユーザーの”滞在時間”を長くするか」、「どうしたら、無料トライアル期間が終わった後のキャンセル率を下げられるか」などということに、驚く程多数の優秀な人間が日々汲々としているのだ。

G社の社訓の一つは、「邪悪なものにならない(Don’t be evil)」だ。
無料で素晴らしいアプリを提供をする代わりに、広告を挿入する。その広告を無視するもしないもユーザーの自由。また、個人情報に基づいて、最適なサービスを提供することは、ユーザーも自分好みのサービスを楽しめるし、提供する会社も潤う。ウィンウィンではないか、という人々もいる。ユーザー側でも「別に隠すようなこともないし、情報を提供したって痛くもかゆくもない」という声があることも知っている。

しかし、ありとあらゆる場面で収集された情報を元に、気づかぬうちに他者の作為で「自分の行動が操作される」としたらどうだろう?そんなのは、マーケティングの一環で日常茶飯事だよ、と言う声が聞こえそうだ。美味しそうな食べ物の広告を見て、スーパーでそれを衝動買いしてしまう、CMで繰り返し見た車を買いたくなる。よくあることだ。
では、これはどうだろう。自分が気づかぬうちに、ある特定の政党-A寄りの意見や記事が表示されてくる。SNSでも、自分に関わる人々がアップするのはA党よりの意見ばかり。対立する党のBに関しては、「陰謀論」やスキャンダルばかりを目にする。なぜか次第に「A党はいいのかな」と思い始める。Bについては、理由はないが嫌悪感が募っていく。

さて、このユーザーは選挙の日にどのような行動をとるのか。A党の候補とB党の候補、どちらに投票する可能性が高くなるか‥。実は、これに近いことが、実は2016年の米国大統領選挙で起こった。浮動票を意図的に操作するキャンペーンが行われ、その結果、大方の人々の予想を裏切る結果が引き起こされたのだ。

大量の個人情報の集積が可能となった現在、作為的に「他者を操作しようとする存在」がいれば、その情報を使ってサブリミナル的な効果を生み出すことが可能なのである。もちろん、個人によって、「ファクトチェック」ができる人々、事実を元に自分の考えを構築する人々はいるだろう。しかし、目に映った大量の情報を鵜呑みにしてしまう人々も多くいるのだ。

G社に勤務する私の親友は、FBを始め主要なSNSのアカウントは全てキャンセルしてしまった。彼は、スーパーで発行される「カスタマーカード」も持たない。「xxの情報を取得していいですか?」と言うアプリ登録でのおなじみの質問にも、できる限りノーで通し、オプトアウトしまくっている。レビューを書くこともなく、自分の「お気に入り」をセーブすることもなく、Cookieはこまめに消去している。

私はそこまで徹底していないが、大手SNSではもっぱら「ほぼ観客」状態に徹している。「いいね」ボタンも、たまににしか押さない。政治的なコメントにはほぼ100%に反応しない。写真にタグ付けもしないし、自分がされるのも嫌だ。レビューも本当にいいレストランやサービスにちょっと(匿名で)書くぐらいだ。しかし、スーパーのカードは持っているし(それを使うと割引があるので)、アマゾンでも買い物や読書歴は厳然と残っている。検索履歴や、youtube、pinterestの閲覧履歴を見れば、私が犬好きでバレエ好きなこと、社会派ドキュメンタリーとゾンビ映画が大好きで、公共放送を好む米国在住の日本人であることはバレバレだ。
もし選挙で、ある候補者が保護犬・猫と映っている写真のついたポスターを送ってきたら、私の心は動いてしまうかもしれない(勿論公約と実績をもっと考慮したいが‥)。

シリコンバレーで働く人々の多くは、知的で善良な人々だ。他者を「操作したい」「支配したい」という明確な野望を持つ輩は、きっと少数だろう。しかし「収益の最大化」と「より良い(競争力のある)サービスの提供」を目指して日々働くうちに、自然と膨大な個人情報を集積し、取り扱うようになっていく。情報は、未曾有の巨大な力を持ち、人々の心や社会までも左右していく。私達は、知らず知らずのうちに「邪悪」なものになっているのではないだろうか、とふと怖くなる。

前述の番組の中で「この状態をどうしたらいいと思う?」と訊かれ、主要登場人物のトリスタン・ハリスは、「(このような大量の情報収集を)阻止しないとね」と言い切った。地球温暖化問題ではないが、自助努力が難しいことでも「やらなければおしまい」なのだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?