信達譚 霊山
俺は母を捜していた。もうだいぶ長い間だ。
今ならはっきりとわかる。母が俺を捜していたのだ。
二〇一四年のメールを読み返した。
何度も失礼いたします。姉からよくよく話を聞いたところ、母親がこの寒い中を、『チェルノブイリⅡ』に登場する「エックス山」の原風景として僕が小説の中に書いた霊山まで、先週から何度か歩いて出かけていったようなのです。数時間もかけながら。
愕然としたと同時に、自分が生まれ育った山のふもとへ歩いていった母の記憶と現実は、自分が書いていることそのままではないのかと、かなり引っ張られそうになりました。
母の認知症は回復することはないのだという現実に絶望しながら、原稿に書いた自分の言葉が、どんな力を持ち得るのかと、極めて内的な理由とはいえ、刃を喉元に突きつけられてしまったようで、しばらく手もつけらずにおりましたが、やっとのことで読み返してみたところ、ぼやけていたところが自ずとはっきり浮かんで見えてきました。
どういうことかはわかりませんが、昨日よりも冷静に読み返しができているので、赤字を入れるところからはじめてみます。
清野栄一