「がんノート」著者に聞く。清野栄一 ロングインタビュー 第1回 「人型の事」
ーがんが発見された経緯などについてはすでに「ノート」のほうで読ませていただきました。
「ありがとうございます。最初はほんとうに、口内炎ができたかな? ぐらいに思っていたんですよ」
ーそれから化学放射線治療にはいるまではひと月足らずでしたっけ?
「まあそのぐらいですね。やはり老人よりもがんが進むのがはやいということもあったのかな? 検査もかなりはやいスピードで進みましたから」
ー放射線治療を選択した理由は?
「理由は……ないです(笑)。というのは嘘で、実は、治療の前どころか、退院するまで、自分のがんについてネットで検索もろくにしなかったんです」
ーそうなんですか!
「幸いなことに、専門的知識を訊ける友人や、同じがんを患った近親者がいる先輩方が数人いたので、餅は餅屋というか、素人が調べるよりは、しかるべき方に訊いたほうがいいじゃないですか?」
ーなるほど。がんの情報はあふれていますが、中には首をかしげたくなるようなトンデモ系の本もありますからね。
「プロポリスはいいですけどね……とかいうのも、今になって言えることで、正直なところ、調べなかったというよりも、知りたくなかったのかもしれません。揺らいでしまいそうで。実際に、退院後に体調がすぐれない時にいろいろ調べ始めてからなんです。揺らぐようになったのは」
ー清野さんらしくないですね?
「この揺らぎも清野栄一なんだからと腹を決めてノートを書きはじめるまでに一年間もかかったぐらい、揺らいでました」
ー抗癌剤や手術はなんとなくイメージできるんですが、放射線治療というのはどういうものなんですか?
「リンパ腫だったうちの父も抗癌剤で二年間ぐらい入退院を繰り返していましたが、一回の入院は二週間ぐらいだったと思います。生検で腹を切っていたけど。手術のほうがはやく退院はできるんでしょうね。合併症がなければ。僕はまだ受けていないのでわかりませんが。去年の夏は放射線治療のために、三ヶ月近くも入院していましたから」
ーさ、三ヶ月もですか? 会社員だったらリストラですね。
「僕の年齢だったら、年金と退職院をもらってもらって……そのままラッキーじゃんか! とか言ってた友達もいたけど。頭頸部じゃなかったら通勤しながら通院して放射線治療という方もいるはずです。治療といっても、照射時間は一日二十分ぐらいだから。それを月〜金で週五日。それこそ会社員みたいにやるわけです(笑)。僕は合計三十五回でしたが。三十五回というのは、人間がひとつの原発巣に照射できるマックスの放射線量で、つまり二回はできない治療なんです。線量は、グレイ、という単位なんですが、二グレイx三十五回だから、僕は七十グレイの被爆ですね」
ーそうじゃない患者さんもいるわけですね。
「手術と組み合わせたり、となると、放射線は補助的に、ということになるので、回数が少ない場合もあるんじゃないかな。僕の場合は切らずに根治を目指したんですが、僕も途中で脱落しそうになったんです」
ーICUにはいった時ですね。
「最後までやるにはかなり体力も気力も必要だし、高齢だと耐えられないかもしれないですね」
ーICUの話をうかがう前に、ええと……いわゆる、IMRT(強度変調放射線治療)というものですよね?
「がんじゃないのによくご存じですね。最近は大きな病院であればどこでもやってるはずですが、保険適用になったのは、つい十年前かそこらだと思います……っていうぐらい自分が受けた治療のことも正確に把握していないのがバレバレですね」
ー一日二十分間とはいえ、じっとしているわけですよね?
「入院前に、マウスピースと、上半身を固定するための人型を作るんです。あれはたぶん、鉄じゃなかったら、FRPみたいな素材なのかな? ともかく硬い編み目状の人型で、上半身が動かないように、レントゲン室の台にがっちり固定するんですよ。まずあおむけで横になりますよね。そこに人型をかぶせてから、留め具のようなもので、パチン、パチン、と順番に台に留めていくんです。その前に、マウスピースを歯で噛みながら自分で装着するんですが。体の位置も正確に合わせますね。傾きとか、首の角度とか……僕はいつも若干左を向いてるじゃないですか? そのせいかな? いつも、七度、という声が聞こえました。人型にマジックかなんかで印を書くんですよ。次回も合わせやすいようにするためだと思います。最後に、台の両手のあたりに、丸い棒のような器具を取り付けるんですが、あれってなんだったのか、今でもよくわかりません。ともかく、かなり正確に、きっちり固定するんです」
ーなんだか、それこそ、清野さんの小説みたいですね。
「レントゲン室の壁際の棚に、人型がいくつも並んで置いてあるんです。部屋を出る時に、つい診ちゃうんですよね。棚に置いてある人型がいつも気になって。もしかしたら1年後の今でも、僕の人型がまだ置いてあったりするんじゃないかな」
ー放射線の機械はどんなものなんですか?
「こっちはがっちり固定されてるから……」
ーほとんど何も見えないんですか?
「そりゃそうですよ。喉仏も動かせないんです」
ーかなり「拘束」感ありますね。
「拘束……のことも後で詳しく話しますが。担当医の説明によると、放射線をあてる前に毎回CTスキャンを撮るんです。CTのプログラミングだけで二週間ぐらいかかるみたいですよ。最初は広範囲に照射して、これが三週間ぐらい続きます。やがて原発が小さくなったところで、きつめ、の放射線を原発に集中してあてるんです。僕は目のことがあるから心配しましたが、視神経には幸いかかりませんでした。むちうちをやった人ならわかるはずですが、首は頸椎のほかに脊髄、神経、血管、その他もろもろ通っているところなので、QOLも考慮して綿密なプログラミングをするんでしょうね。毎回スキャンが終わると、技師の方が部屋に戻ってきて、治療用の機械に取り替えるんです。移動式になってるのかな? とにかくまったく見えないんですが、別な機械が設置されたというのは音と気配でわかります。少しは見えるし。それから、『治療をはじまます』というアナウンスがあるんです。ちょっと治療感ないんですが。すると、CTとかMRIみたいな爆音ノイズミュージックでもない……じりじりと、しゃがれ声のセミが泣いているような……それこそ、がんを焼いているような音がするんです。友人から、『焼けるだけ焼いてこい』、と言われたけど、それが放射線治療ですから。治療中に音が時々強くなって周波数帯があがるタイミングがあって、ああ、たぶん、今ちょうどがんのところを焼いているんだな、というのがわかるんです。二十分間ぐらい焼いて、その日の治療は終わりなんですが」
ー痛くはないいんですよね。
「ぜんぜん。ただじっとしているだけです。問題は、火傷のほうですから」
ーえ! 痛くないのに、火傷するんですか?
(・・・・つづく・・・・)