江國香織『更級日記』・川上弘美『伊勢物語』
川上弘美さんの『三度目の恋』に絡んで知った河出文庫「古典新訳コレクション。古典が人気作家の訳で読めると知って、まずは、川上弘美訳の『伊勢物語』と、江國香織訳の『更級日記』を手に入れました。
『伊勢物語』は、歌物語であることに主眼を置き、地の文は直訳的な味わいで淡々と進め、歌の訳に感情を載せるといった川上訳となっていました。作者らしさ、という意味では、江國訳『更級日記』の方により個性を感じました。その江國さんご自身も、あとがきで「出来るだけ無加工な訳を心掛けた」と言っているところを、お二人に共通する現代作家ならではの古典作品へのリスペクトのように感じて、面白く読みました。
『更級日記』は、冒頭部分や、源氏物語をやっと手に入れる場面などが高校の教科書にも載っているので、物語に憧れる少女の話のような印象が強いのですが、実際は、13歳で父の任国上総(かずさ)から帰京する旅に始まり、51歳で夫(橘俊通)と死別するころまでの一人の女性の回想記となっています。
江國さんが原文にないもので「ほんのすこし手を加えたのが章立て」です。この章立てによって、より、彼女の人生が伝わりやすくなっていました。
それにしても、約40年間の人生が描かれているにもかかわらず、夫や子供について具体的なことは書かれていません。宮仕えもそこそこで熱量が感じられません。読み終わってみると、「物語・夢・別れ・神仏・月」についての記述が多ったな……との印象で、執筆に置いて、自身の外面的な面へのベクトルはなかったのだろうと感じました。『更級日記』は、自身の内面のあこがれや、悩み、後悔、そして、弱さゆえに神仏にすがる思いなど、内面的なものを綴った、現代的な私小説だったのだ、と驚かされました。
そのように感じ始めると、終盤に出てくる、『更級日記』のタイトルにつながる和歌
にも、作者の諧謔を感じずにはいられなくなりました。思い詰めているのではなく、むしろ、笑い飛ばしていたのだろうと……。菅原孝標女は、幸も不幸もすべて自分のものであるよ、と軽やかに人生を受け止める現代的な女性だったのでしょう。(八塚秀美)