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中村文則『土の中の子供』

この記事は、日本俳句教育研究会のJUGEMブログ(2020.08.01 Saturday)に掲載された内容を転載しています。by 事務局長・八塚秀美
参照元:http://info.e-nhkk.net/

『教団X』がいろんな要素がある小説だったので、どこが中村文則さんの持ち味なのか気になったのもあり、芥川賞受賞作『土の中の子供』を手に取ってみました。

背表紙には、次のように紹介されています。

27歳のタクシードライバーをいまも脅かすのは、親に捨てられ、孤児として日常的に虐待された日々の記憶。理不尽に引きこまれる被虐体験に、生との健全な距離を見失った「私」は、自身の半生を呪い持てあましながらも、暴力に乱された精神の暗部にかすかな生の核心をさぐる。人間の業と希望を正面から追求し、賞賛を集めた新世代の芥川賞受賞作。著者初の短篇「蜘蛛の声」を併録。

土の中に生き埋めにさせるなどの被虐体験だけにとどまらない、命を危険にさらすような「恐怖」をもたらす出来事の数々が次々に主人公を襲ってきます。その中には、主人公自らが引き寄せようとしたものもあり、また、偶然に見舞われたものもありますが、どの出来事も、それを克服することで主人公自身が立ち上がる力を得ていくというような、イニシエーション的出来事となっているように感じました。

彼が立ち向かおうとするのは、「この世界の、目に見えない暗闇の奥に確かに存在する、暴力的に人間や生物を支配しようとする運命というものに対して、そして、力のないものに対し、圧倒的な力を行使しようとする、全ての存在」です。ギリギリまで自分を追い詰めていくことで、自らを脅かしてきた恐怖や理不尽を凌駕していく主人公。だからこそ、これ以上の悲惨さはないと思われるような彼の人生であっても、読者はそこに希望を見ることができるのだと感じました。

同時収録の「蜘蛛の声」は、「土の中の子供」とは逆に内に入り込んでしまう主人公の話でした。両者を並べて読むことで、人は、おかれている精神状態や状況によって、外向かって立ち向かう力を手に入れることもあれば、内に向かって力を蓄える時間も必要なのだろうと感じさせられました。