恩田陸『愚かな薔薇』
2006年からSF誌「SF Japan」で連載を開始し、休刊後は文芸誌「読楽」で2020年まで14年間連載された物語を大幅に加筆修正した長編です。「美しくもおぞましい吸血鬼SF」との文言と、(私にとって、吸血鬼といえば『ポーの一族』なのですが、その)萩尾望都さんによる描き下ろし期間限定カバーに惹かれて思わず手に取った作品でした。(徳間書店のHPに詳細の紹介があります。)
驚いたのは、『ポーの一族』に象徴されるような、いわゆる「吸血鬼」の話でなかったことでした。もちろん、人の生き血を吸うという行為は同じなのですが、本書では、「他人の血を吸う」ことが、歳をとらない「変質体」になるために必要なものとして肯定されており、また、血を飲まれた方も長生きできるようになる喜ばれる行為として描かれます。人類の使命として「虚ろ舟(宇宙船)乗り」になるためには「変質体」になる必要があること、「虚ろ舟乗り」は皆の憧れであることが大前提となっているために、『愚かな薔薇』では、人の血を吸うことで生きるしかない吸血鬼の悲哀のようなものは描かれることなく進んでいきます。
タイトルともなっている「愚かな薔薇」とは、「変質体」となって死ぬことのない「枯れない薔薇」=「虚ろ舟乗り」のことです。
そして、「咲いて、散って、ちゃんと枯れる」ことのできない「愚かな薔薇」になるために必要なものが、「生命の交歓」「エネルギー」である「血」であること。彼らが継承していく「血」の中に刻まれている記憶とは何なのか……。なぜ、皆がなりたいと憧れる彼らに、「愚かな」との形容が冠せられているのか……。読み終わって、湧き上がってきた様々な疑問に答えを出したく、また、恩田さんが人類にとって必要な受け入れられるべき「吸血鬼」を描こうとした意味を考えようとした時、萩尾さんの推薦文が深く胸に響いてきました。
「吸血鬼」の「鬼」ってなんだろう……人間がいうところの「鬼」の意味についても気になり始めた小説となりました。