山田詠美『つみびと』
どの作品を読んでも面白いと思う大好きな作家、山田詠美さんの『つみびと』が文庫化されました。2010年、大阪の2児をマンションに置き去りにして餓死させた衝撃的な事件がモチーフとなった作品です。目を背けずに、寸分の妥協もなく、登場人物達の心情を細やかに描ききった、山田さんらしい小説で、小説の冒頭から結末まで「すごい!」と唸りながら読み続けました。
冒頭から、山田さんの仕掛けに驚かされます。九つの章とエピローグからなる作品なのですが、それぞれの章が3部に分かれて、それぞれ
〈母・琴音〉
加害者の産みの親。自身も虐待を受け、また、子どもを捨てた過去を持つ
〈小さき者たち〉
被害者である2児(兄と妹)の一人である兄・桃太(四歳)
〈娘・蓮音〉
加害者。自身も母親に育児放棄された過去を持つ
の視点から物語が紡がれていき、単純に加害者である母親を主人公にして、事件を追っていような作品ではありませんでした。なんと言っても、自ら責任を負うことのできない、絶対的弱者である〈小さき者たち〉の視点が書き込まれているところに心震えました。
そこに、様々な登場人物(何らかの加害者の側面を持つ)が絡み合っていきます。そして、育児放棄だけなく、DVや性的虐待、自傷行為などの様々な問題が描かれいき、一人の人間が、被害者でありながらも加害者となってしまうという目を背けたくなるような現実が、読者に突きつけられていきます。
一体誰が「つみびと」なのか……。法で裁かれるものだけが「つみびと」なのか……。人間はどう生きなければならないのか……。私自身には「つみびと」の側面はないのか……。
あまりにも救いのない現実を描いた作品ではありますが、その中で描かれる〈小さき者たち〉の母への愛が、この作品を支えてくれているようにも感じました。ただひたすらに母を欲し、母を愛しながらも、愛を与えられず、一番の犠牲者となった子ども達……。この子ども達の視点を描かずにいられなかったのも、また、犠牲者であることだけに焦点をあてず、結末に救いのようなかすかな光らしきものが見えるのも、もがき苦しみながら生きていく人間に対する山田詠美さんの愛であるように感じました。