井上靖『本覚坊遺文』
前回の『利休にたずねよ』の利休が魅力的だったので、思わず引き続き利休関連の書籍を手にとってしまいました。第14回日本文学大賞受賞作です。「本覚坊」という利休の弟子が綴った手記として構成された物語です。
利休の一番身近に十年間仕えた本覚坊が、利休の死後茶道から離れてしまっていたものの、期せずして出会うことになった人々との交流を記した手記は、各章ごとに数年の時間を経ていて、形式も同じではありません。
読者は弟子本覚坊の記憶と共に、各章で本覚坊が出会う人の目を通した利休その人と、利休の死の謎にせまっていくことになります。また、新しい人物に出会うタイミングで、前章の人物がすでに亡くなってしまっているというのも(孫宗旦のみ例外)興味深い趣向でした。
なぜ武士でない茶人の利休が死を賜り自刃したのか。その理由を利休の内面にさぐるために選ばれた、弟子本覚坊。利休の茶「佗茶」が、「戦国乱世の茶の道」にほかならない「己が死の固めの式」であるという井上靖解釈に驚かされると共に、なぜ戦乱の武将達があれほど茶の湯を重んじていたのか、武将達が茶の湯に縋らずにいられなかった理由も垣間見ることができたような気がしました。
本作は、1989年に熊井啓監督✖奥田瑛二(本覚坊)で映画化もされているようです。「オール男優キャストにより、武士のような求道的生き方をした男、利休の精神面にスポットをあてた重厚な作りになっている」とのこと。古い映画ではありますが、どんな魅力的な茶人と武人たちが描かれているのか、興味がわいてきました。