瀬戸内寂聴『夏の終り』
瀬戸内寂聴さんの初めての私小説『夏の終り』。「あふれるもの」「夏の終り」「みれん」「花冷え」「雉子」の連作5篇で、2篇目の「夏の終り」は女流文学賞を受賞しています。昭和38年に瀬戸内晴美名義で発表された小説集で、どの作品も、8年間続いた妻子ある不遇な作家との生活、夫と娘を捨て身を崩す生活を始めるきっかけとなった年下の男との恋と再会と別れ、という作者の実体験が元となっています。
前半の4篇は、染織家の主人公知子と、知子と妻の間を規則正しく往復する作家慎吾、再会するかつての恋人凉太の3人が登場する物語で、熊切和嘉監督✖満島ひかり✖綾野剛✖小林薫で2013年に映画化もされています。書籍の帯には、映画の宣伝コピー「年上作家との不倫にも、年下の男との愛欲にも満たされぬ、女の業。」が書かれていますが、読み終わった感じとしては、「不倫・愛欲・女の業」の印象とは正反対の、むしろ、淡々と自分の人生を見つけていく女性の話という印象でした。
凉太との関係も破綻し、現実を受け止めた知子は、「精神の双生児」とも思っていた慎吾との別れを選択し、これから自分一人で立つ新しい人生を選びます。ラスト、自分自身を手に入れたはずの知子に静かにまとわりついている、人としてのさびしみが心に残りました。
最後の1篇「雉子」は、主人公牧子の職業も作家となり、より作者に近い人物造型がされています。そして、女の自立が描かれていた前半の4篇とは違って、「雉子」では主人公の母としての側面が描かれているのが特徴的でした。知子の物語が、女が自分自身を手に入れていく作品であるとするならば、「雉子」は、作者が先に進んでいくために、過去に自分が捨ててしまった娘に対する心残りを消化していくような物語だと感じました。
このあと作者は出家して、女としての人生も捨てていくわけですが、作者は自分の中に痼りのように固まっていたものを、作品として一つ一つを昇華させ、出家への道を選んでいったのだろうと感じさせられました。