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所作によるリノベーション

01 日本を外国に


もしも

どうしても外国に
行きたい衝動をおさえることが
できない日があったら

ぼくは

その日1日を
靴を履いたまま
家ですごすだろう。


所作には空間を変える力がある

と信じているからだ。



02 プールを海に



小学生のとき

不意の落水時に対応するための授業で
着衣泳教室が開かれた。

カナヅチで、且つ水面と同じくらいの身長のぼくにとって、プールに入るという授業自体、実にナンセンスだったのだが、加えて服を着て飛び込むというのだから、それはもう恐怖そのものだった。

小心者のボクは逃げられるはずもなく、順番が来たので服を着たまま仕方なくプールに飛び込んでしまった。

心の準備もままならず

着水時、水が怖くて目を閉じた。

足が届かない。

服がまとわりついて
手足が動かしづらい。

水を飲んだ。

ボクは溺れるべくして
溺れていた。

このときである。

プールが明らかに海になった。

ボクの中に、プールは水着で入るもの
であるという認識があったからである。

服を着たままプールで溺れたボクは

少しの無理もなく
海で船から落ちたも同然の
シチュエーションを
想起することができたのだ。

これが
小さな25mプールが、
広大な海になった理由である。


03 お風呂場を銭湯に


着衣泳教室のおかげもあって
自宅のお風呂場を銭湯にするのは
決して難しいことではなかった。

ボクはお風呂場にある
すべてのモノを脱衣場にだした。

清掃しやすいように銭湯には
モノが置いてないからだ。

シャンプー。リンス。ボディソープ。
洗顔剤。カミソリ...

お風呂場にあったモノがなくなると、引っ越しのあとの部屋みたいに、急に知らない誰かのための空間になってしまったような感覚になった。


モノは、きれいにぜんぶ
脱衣場にだしたから
入浴のときは、必要なものを
持ち運ぶ、いわば銭湯スタイルにした。


もってきた
シャンプーやら
ボディソープやらを
シャワーの前において

髪や体を洗いながし

湯につかり

目を閉じれば

湯船は広がり

お風呂場は銭湯になった。


だなんて

お風呂場が完全に銭湯に
なることなんてないのだけれど

お風呂場を片付けたことにより
付加された、ある種の公共性も手伝い

気分のうちの一部分で
たしかにお風呂場は銭湯になった。


やはり所作には
空間を変える力があるのである。











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