全ての人に取って「自分の一番のアドバイザー」は自分の中にいる
今回は、アドバイザーというものに付いての私の見解をお伝えしています。
人間というものは、勿論私も含めて「自分が学び、そして自分の人生経験から自分が得られた様々な感情や感動を、誰かに共有したいという思いを持つ生きもの」なのだと思いますが、
その伝え方から「その方のエゴが透けて見えてしまう」という事も、沢山の方達が本能で感じ取ってしまうものではないかという事を私は思います。
どんなに素晴らしい事を口で語っていたとしても、その根底に「こんなに優れている自分は他の人とは違うのだ」という様な傲慢なエゴが混じっていれば、
人はその方のそういう心根の方を敏感に察知してしまうので、他者の心の中にスンナリと溶け込める様には入って行かなくなるものだと思いますし、
そういう方達が「自分が、自分が」と主張する裏には、どの様な満たされていない思いやコンプレックスがお有りなのかなと、逆に私は思ってしまいます。
これは以前にも何処かでお伝えさせて頂いた事ですが、人にはそれぞれ「学びの段階」というものがあって、その"それぞれの学びの順序"というものは決められていません。
だって人生経験が皆違うのですから。
例えて言えばジグソーパズルのピースを何処から埋めようと、それは個人の自由であり、どの様な仕上げ方であっても、そこに優劣など無いと私は思っています。
「この様にしたら早く仕上がるよ」という"先人の知恵"をお借りする事は非常に有り難く、多分一番無駄が無くて賢いのかもしれないのですが、
でも例え不器用で愚直なやり方であっても、自分なりのやり方でそういう(先人達にはすでに発見されていた)方法を、「自分の力で発見して編み出して行く」という経験の方が、
私は遥かに貴重な経験なのではないかという視野も同時に持っています。
何故なら、賢いアドバイザーとなった"かつてのパイオニア達"が経験したものが、それそのものであったからです。
そうした「自分の中から自分の答えが出せた」という方が、創造性がある分自分の中で断然深い経験になるからです。
ですので「自分の中からの声を自分のアドバイザーとして直に聴ける方達」の方が、自分の中からの「本物の理解」というものを、しっかりと血肉にする事が出来ると私は思っている一人です。