【月雲の皇子②】宝塚史上最もボロボロになる主役/少女漫画と少年漫画の塩梅(表テーマ)
私が最も好きな物語「月雲の皇子」連載第2回。
第1回で「月雲の皇子」には衣通姫伝説を下敷きにした三兄弟の悲劇という表のテーマと、物語の中で「物語とは何たるか」を物語るという裏テーマがあると述べた。
今回はその表テーマについて。
衣通姫伝説の概要については第1回で述べたので、今回はこの物語の登場人物に即して説明したい。
主人公は大和朝廷の第一皇子である木梨軽皇子(キナシカルノミコ・珠城りょう)。
伝説上ではこの木梨軽皇子が妹である皇女、衣通姫(ソトオリヒメ・咲妃みゆ)と兄妹であるにも関わらず情を通じた咎で流刑となる。
そして後を追って伊予へ赴いた衣通姫とともに木梨軽皇子は自害する。
『月雲の皇子』はこの伝説を下敷きにした物語で、冒頭から伝説をネタバレする語りでスタートする。
だが、伝説や昔話というのは空白の多いものであり、その空白を埋めるべくオリジナルの諸設定が加えられている。
例えば衣通姫は幼き頃の木梨軽皇子と弟皇子の穴穂皇子(アナホノミコ・鳳月杏)が反朝廷勢力=土蜘蛛の村から拾ってきた赤ん坊という設定である。
血の繋がった仲の良い兄弟が、本当は血の繋がっていない少女を妹として守る。
いかにも少女漫画といった設定だ。
しかも兄・木梨軽皇子は文化系で情に深い男、弟・穴穂皇子は体育会系で理知的な男とキャラ立てもバッチリ。
そして例のごとく、この兄弟は二人揃って血の繋がらない「妹」に恋に落ちる。
しかも、妹は巫女=言わば神の妻であり、兄弟であっても男性とは言葉を交わすことすら許されない。
兄弟たちは明確なライバル関係になることもなく、巫女への禁じられた恋心を胸の内に秘めて苦しむ。
そんな3兄弟の少女漫画的恋物語は、とある事情による弟・穴穂皇子の裏切りにより一変する・・・
*
1幕ラストで流刑になった兄・木梨軽皇子は2幕で大和朝廷に住む土地を奪われた土蜘蛛たちを束ね、自分を裏切った弟に反旗を翻す。
闇落ち・・・!(1個上の写真の白い人と同一人物)
少年漫画であるあるの主人公が深く傷つき闇の世界に身を落とすことによって己の封じられた力を解き放つアレだ。
やっちまった・・・コイツ・・・やっちまったよ・・・
2幕では1幕の少女漫画ロマンスとは打って変わり、少年漫画的な憎しみと絆の物語に変わる。
歌も踊りも衣装も非常にプリミティブで力強いものに変わる。
木梨軽皇子の弟と想い人への怒りと復讐心に、大和朝廷を倒し親兄弟の仇を取ろうとする土蜘蛛たちの怒りと嘆きが呼応し、不穏なエネルギーが舞台に充満している。
一方、それを迎え撃つ弟・穴穂皇子はどこまでも冷静沈着になすべきことをなそうとする。
そして二人はとうとう剣を交えることに・・・
ああ・・・あんなに仲のよかったあの二人が・・・
同じ夢を見ていたのに・・・
同じように祖国と一人の娘を憂いていたのに・・・
さらに、主人公・木梨軽皇子は主役をかっこよく描く事を何よりも優先する宝塚では考えられないほどボロボロになる。
無様にも弟に斬られ、
なぎ倒され、
それでも立ち上がる・・・!
主役(=トップスター)をかっこよく描く事を何よりも優先する宝塚の世界では、強くてキザで女にモテる完全無欠の理想的な男性像が数多く描かれてきた。
あろうことか物語の終盤で、主役がこんなにも弱く、醜く描かれるのは宝塚の世界では異例のことである。
本作で演出家デビューを果たした上田久美子先生は“人間の業の深さ”を描くということに関して比類なき才能をお持ちだ。
己の信念を貫けば、誰かの信念を裏切ることになる。
誰よりも優しかった木梨軽皇子は、愚かにも闇落ちしたことで強さを手に入れ、己の信念を貫き、最も戦いたくない敵に刃を向け続ける。
そんな木梨軽皇子の姿には、私たち誰もが持っている人間の弱さと愚かさ、そして私たち誰もが憧れる“己の信念を貫く”かっこよさが同時に投影されている。
そして、その姿は完全無欠の理想的な男性のそれとは比べ物にならないくらい強い力で私たちの心を揺り動かすのだ。
このボロボロになっても何度でも立ち上がるヒーロー像というのも、非常に少年漫画的だ。
少女漫画では主人公の女の子はドジっ子だったり、地味だったり、貧乏だったりとパッとしないタイプが多く、そんな欠点のある女の子が完全無欠の男の子とくっつくストーリーに読者は自己投影しながら夢を見れるようになっている。
同様に少年漫画の主人公も根っこは弱虫だが、戦いや仲間との精神的な交流を通じて強くなり、人として成長していくというのが王道である。
弱点があるから人は共感するのであり、主役男性の弱さを強調するのは非常に少年漫画的なストーリーテーリングだ。
ちなみに、このような主役の扱い方はやはり宝塚ではグレーソーン、大劇場作品に関してはNGだと思われる。
その証拠に上田先生が『月雲の皇子』から派生させた大劇場作品『星逢一夜』も『金色の砂漠』も本作と同じく人間の業の深さを描いた作品ではあるが、主人公は敵を圧倒する強さを持っている。
第1回で書いた通り、この作品は
無名の演出家 × オリジナル脚本 × 若手ばかりのカンパニー × 小劇場
と期待値が低かったため、掟破りにも目を瞑ってもらえたのではないだろうか?
(結果的に大ヒットとなり再演までしたわけだが、)
そうだとすると、『月雲の皇子』は宝塚では二度とお目にかかれないかもしれない稀有な傑作だといえる。
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まとめ
「月雲の皇子」の表テーマは、衣通姫伝説を下敷きにした少女漫画的ラブロマンスという大方の予想を開始1時間で裏切り、少年漫画的友情と葛藤の物語にしてしまう緩急に最大の魅力があると感じる。
宝塚って役者もファンの大半も女性で、ベルバラが火付け役だったこともあって、どうしても少女漫画的甘々ワールドに寄ってしまいがち。
たまに男性演出家のオラオラ系の作品もあるけれど、女性が演じる分正直無理を感じることも多い。
その中で「月雲の皇子」ほど少女漫画的要素と少年漫画的要素のバランス感覚に優れた良作を私は知らない。
さらに、『月雲の皇子』は宝塚の掟破りのストーリーテーリングで、弱さと格好良さを合わせ持つ人間の姿を真摯に捉えた傑作である。
「宝塚って女性のための劇団でしょ?」「浅ーいラブコメばっかり書いてるんでしょ?」「興味ないし、別に見なくていいし」と宝塚に対して斜に構えている人にこそ、騙されたと思って見て欲しい作品です。
連載第3回、この物語の裏テーマについてはこちら!