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囚われがない人の特徴

世の中には囚われがない人がいる。ワクワクして子供のように無邪気である。意欲的でやりたいことをやる。また、洞察力があり物事の流れや仕組みを把握することが早い。論理的で物事を俯瞰的に把握できる。更に、人と良好な関係を築ける。苦しんでいる人がいれば共感する。人が喜んでいると自分も嬉しい。このような本能的でもあり論理的でもあり感情的な人は、統合的な性格をしている。性格診断をすると、全てのタイプがあてはまる。外交的でもあり内向的でもある。個性がないとも捉えられる。個性がないことが個性なのかもしれないが、何者にでもなるし、その時やりたいと思ったことをやっている。熱中の没頭のバランスがとれていて、無理をすることがない。依存することがなく、これが正しいと決めつけることがない。発想が柔軟で固執しない。

囚われがない人は、元々は偏りがあった。子供の頃は、わんぱく、物静かといった個性があった。社会に出て、成長する環境の中で、様々な経験や知識を有する中で、全ての性格を経験する。努力家で完璧を求めるような時もあれば、人の助けになろうとする時もある。目標を明確にして成功しようと行動力を発揮する時もあれば、唯一無二のものを生み出そうとする時や、知識を集めて、冷静でいようと、聡明であろうとする時もある。安全を求めて、忠実に行動し、保守的になる時もある。楽しいことに夢中になり、楽観的で好奇心で物事に取り組むこともある。強くありたいと思い、勇気を持って行動したり、正義を貫いたりする時もある。穏やかなことを好み、自然におおらかな時もある。

囚われがない人は、避けがたい困難の中で、全ての性格で執着した思考、行動をとったこともある。一人よがりで恩着せがましく、融通がきかない時もある。人を支えたい気持ちが裏目にでて、お節介を焼いたり、人を操作しようとする時もある。成功したくて、自己中心的となったり、冷酷で生意気で何かと競争、格付けしようとする時もある。ユニークになりたいが、なれないと感じて自意識過剰になって被害者意識が強まったり、嫉妬深くなったりする時もある。論理立っていないことを強烈に批判し、順応せず愛想がない時もある。安全でありたくて、疑り深くなたり、何かと詮索したり、いつまでも決断できなくなったりする時もある。もっと楽しくいたいと、場当たり的に行動したり、物事に対して無責任な時もある。力を得たくて、傲慢になったり、命令的になったりする時もある。平穏でありたくて、ことなかれ主義となったり、何かと回避的となったり、現実逃避しがちとなる。

囚われは誰しもが持っている。社会に揉まれ、その時なりに考え、行動した結果、悩み、感じて囚われができる。その場その場で適応してきた結果である。頑張った証である。もがいた証である。気づいてきた証である。この囚われは、大人となった時にも持ったままとなる。仮面をつけたままとなる。

仮面を外した人は、安心した人である。自分はこのままでいいと心から思えた人である。このままでいいと思うことは、論理立てて理由を上げてこのままでいいんだと考えることではない。これまでの過去を思い出して、過去があったから今のこの自分があるんだと物語をせっせと紡ぐことではない。未来に対して、悪いこと、良いことを考えて、目標を立ててやることを目標から逆算して実現可能なまでに、行動できるくらいにすることでもない。安心することは、物事を俯瞰的に捉えて、良いも悪いもなく、ある状態の一つと認識することである。頭を空っぽにすることである。瞑想やマインドフルネスがこれにあたるが、これらの手段にそって空っぽにすることもできるし、一瞬で、つまりひらめくかのように空っぽにできる人もいる。このへんは人それぞれであるが、下記の記事のように、空っぽの状態を知って、認識した状態でやると、物事を繋がったこととして、今の自分はこれ以上何もいらないと安心できる状態となる。

それは、感じる、例えば何かいい香りを嗅ぐとかでもないし、何か好きなものを見ることでもない、美味しいと思うことでもないし、リラックスできる音楽を堪能することでもない。これらも確かに安心することの一つであるが、これらは心をほぐしただけである。物事を俯瞰的に捉えているわけではない。

頭を空っぽにすることは、何かに集中することでもない。スポーツをしたり、勉強をしたり、して音が聞こえなくなるくらい、周囲が気にならなくなるくらい集中することでもない。これらはゾーンと言われたりもするが、ゾーンにはいることでもない。これは安心することの一つであるが、達成感を、高揚感を得ているだけである。物事を俯瞰的に捉えられているわけではない。これらの過程で情報を集めて整理して俯瞰的に、客観的に捉えることはあるが、そこには思考がある。考えている。物事の構造を整理、体系化しただけであり、それには何か体系化するための要素がある。物事を流れとして、全体の一つと認識するには至っていない。

囚われがない人は、何か理由を持たずとも自分のことを大丈夫だと思う。大丈夫だと思えた結果、物事に対して意欲的に取り組む。やりたいと思ったことをエゴなくやる。どんどん自発的に行動していく。囚われがない人は、休息と熱中のバランスがとれている。充分に休むと、意欲が湧いてくることを知っている。そのため、没頭して寝食を忘れるということがない。無理をしない。煮詰まったら休む。

囚われがない人の周りには、同じような人が集まる。自由に自分の好きなことをして、まだ誰もしていないことを追求してやっていたりする。非常にユニークなものを生み出す。

囚われがない人の周りには、多くの人が集まる。囚われがある、仮面をつけた人も集まる。仮面をつけた人は、攻撃し、人に甘え、搾取しようとするが、囚われがない人はこれらの人を否定したり避けることもない。受け入れる。その状態を理解する。何故なら、自分もその状態になっていたことがあるし、囚われがなくなった時も、困難があり仮面をつける、偏りが出る、何かに執着する、不安になる時もある。しかし、囚われがない状態を知っているので、また元の状態に戻れる。支配され続けることはない。

囚われがない人は、成果を出す。結果を出す。側からはそれがものすごいことだったりする。新しい分野となる。一つのやり方として体系立つ。仮面をつけた人は、それを崇めたり、このやり方はその体系からは外れるなどと、定義を、ルールを、規則をつくりはじめる。執着する。そんな中で、囚われのない人は、また新しいことを周囲に構わずやりはじめる。自分の成果は、周囲の人が自然と引き継ぐ形となる。発展する場合もあるが、衰退する場合もある。多くの場合、その結果にたかった集団は、衰退する。ルールがある。束縛がある。仮面をつけた人の搾取の巣窟となる。囚われがない人は、次のやりたいことを始める。チーズはどこへ消えたのように。

チーズはどこへ消えた?
著者:スペンサー ジョンソン
訳: 門田 美鈴 
出版社: 扶桑社
発行年月:2000.11

囚われがない人は、次のような特徴がある。これらの特徴は下記の記事の抜粋である。

・[思考]事実を事実として認識し、勝手な解釈を加えない
・[思考]過去や未来に執着しない。
・[思考]物事を俯瞰的に捉えている
・[見た目]身なりは普通。ブランド物ではなく、自分の好きなものを着る
・[性格]バランスの良い性格。エネルギッシュ、冷静、共感力もあり楽天的
・[行動]常に挑戦(勉強、新しい発見)をしている
・[行動]論理的思考ができるが、それを手段として利用し囚われない。
・[行動]子供のように無邪気で、自我なく行動する。
・[生活]休息と熱中のバランスがとれている



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