新連載|知らなかった名作◉ビリー・ワイルダー監督の『ワン・ツー・スリー/ラブハント作戦』
映画好きにとって観直しと観落としは、もっと映画が好きになる良い機会です。新連載の初回、見落としていたのは、名監督、ビリー・ワイルダーの『ワン・ツー・スリー/ラブハント作戦』。ちゃんと観てみると、やっぱワイルダーだな、と思うところが随所に視えてきました。
あの早口のジェームズ・ギャグニーを思い出して
ビリー・ワイルダー監督といえば、言わずと知れた「お熱いのがお好き」「サンセット大通り」「昼下がりの情事」「アパートの鍵貸します」「失われた週末」「深夜の告白」など、ラブコメディやスリラーの名作を数多く世に送り出した巨匠。
ビリー・ワイルダーの作品は随分、観てきたのにこの作品は全く知らなかった。なんでだ?
そんな中で大阪・中崎町の小さな映画館で自分の知らなかったワイルダー作品が上映されるのを知って見に行った。ジェームズ・キャグニー出演ということで、あの早口を思い出していたのだった。
ハイスピードで繰り返されるドタバタしたテンポ
舞台は1950年代の東西に分かれていた頃のドイツ、西ベルリン。アメリカ、コカコーラ社のべルリン支社で支社長として主人公のジェームズ・キャグニーが赴任してくるところから物語が始まる。同時に本社の重役からお転婆な娘のお守りも託されていて、出世が絡んでくるところは「アパートの鍵貸します」にも共通するテーマ。
なにしろジェームズ・キャグニーの喋るテンポと登場人物の行動テンポがすごく速い!テンポが軽快なところに、アメリカ人から見たナチスの印象と共産主義を絡めたドイツへのディスり方がエグい(笑)
この作品の面白さは、何と言ってもそのテンポだ。それもずっとハイスピードで繰り広げられるドタバタしたテンポ。大声と早口、ほとんど終盤まで過剰なほどに延々と繰り返される。大声と早口でそれに現地のドイツ人の支店長が、キャグニーの言うことにゲシュタポ時代の癖が抜けず、靴のかかとをカチン、カチンと鳴らして返事する(最後までずっとやってる。笑)のを、ずっとちりばめる。
やり過ぎだよ、ワイルダー
この怒涛のようなハイテンポと過剰なまでに繰り返される細かい演出は、ずいぶん好みが別れるだろうなあ。たぶん、ワイルダーらしいクスっとさせられる細かな台詞回しが、いっぱい詰まっているんだろう。キャグニーが会社での出世と妻や家族との関係に板挟みになる姿を描きつつ、ブランデンブルク門を東西に行ったり来たり、重役のお嬢さんが見つけた婚約者を貴族に仕立てるために、服飾のディテールにこだわり抜いて、急遽仕立て屋にオーダーするくだりが、的確すぎる。しまいには、ゲシュタポ支店長は女装させられて、この辺はもう「お熱いのがお好き」だよ。
過剰すぎ、やりすぎのワイルダー。
この映画では、有名なワイルダー作品にあった洗練された演出が、スラップスティックコメディだからか後退しているように見える。「お熱いのがお好き」もドタバタコメディだけど、こちらはやっぱりマリリン・モンローの可愛さと彼女が劇中で歌う歌があまりに素晴らしいせいかもしれない。
怒涛の勢いのまま、見ているこちらも多少息切れするくらいで物語は終盤になだれ込むけれど、最後の空港(美術監督アレクサンドル・トローネルのセットが素晴らしい)のシーンで、ようやく重役に新しい《貴族の》娘婿とお転婆娘を無事引き渡し、同時に自分の妻や家族との関係も修復されて、映画館を出る時には、夕方の爽やかな空気とともに穏やかな気持ちに包まれた。
テンボが早すぎてわかんないところもあったから、も一回観たいな、この作品。
※初回のオマケ
重役のお転婆娘が恋をする現地の東ドイツの共産主義の闘士の若者(ホルスト・ブッフホル
ツ)、なんか見たことあるなあと思ってたら、「荒野の7人」(60)に出てた若者。黒澤明の「七人の侍」で三船敏郎が演じた菊千代、あの愛すべきキャラクターを演じてた人。