知らなかった名作◉ハワード・ホークス監督の『赤ちゃん教育』
映画好きにとって観直しと観落としは、もっと映画が好きになる良い機会です。連載2回目の今回、見落としていたのは、名監督、ハワード・ホークスの『赤ちゃん教育』。ちゃんと観てみると、期待を裏切らないホークスを随所に感じることができました。
ハワード・ホークスの作品は、若い頃にかなり観ている。このアメリカ映画の偉大な職人監督 は、多くの娯楽映画を撮った。「暗黒街の顔役」「教授と美女」「三つ数えろ」「リオ・ブラボー」「紳士は金髪がお好き」「赤い河」「ハタリ」などなど。男っぽい作品もあれば、女性を美しく撮り、洗練されたいわゆるスクリューボールコメディでもどんなジャンルの映画もカッコよく撮った大好きな監督だ。
その中で、今回もなぜか観ていなかった作品「赤ちゃん教育」をまた大阪•中崎町の小さな映画館で観た。キャサリン•ヘプバーン、ケーリー•グラントと二人とも大好きな役者だったのに、なぜかこの作品を観ていなかったのだ。
観るまでは何となくの印象で、恋に奥手なインテリ男性が勝気な女性に振り回されて(いつもの 「ホークス的美女」)、恋の教育を受けるような内容かとずっと誤解していた。大したネタバレではないけれど、邦題の「赤ちゃん教育」の赤ちゃんとは、外国から送られてきた"Baby"と名付けられた豹のことで、この動物による騒動と博物館への寄付を願う教授とお転婆なお嬢様の恋の行方が絡み合って展開していく物語。
動物大好き、ホークス
それにしても「モンキービジネス」にしても「ハタリ!」にしても、ホークスはよく動物を出演させた映画を撮っているなあ。この辺りのことはあまりこれまで読んだことはないけど、西部劇では馬や牛は当然にしても、ヘミングウェイやゲイリー・クーパーらとの交友もあって、基本的に大自然や野生動物が大好きな人だったのかもしれない。知られざる世界の野生動物への関心や興味が、今とは比較にならない当時の時代の要請もあったかもしれない。ジョン・ヒューストンの「アフリカの女王」然り(これもキャサリン・ヘプバーンだ!)同じ題材のクリント・イーストウッドの「ホワイトハンター・ブラックハート」然り。 それにしても1930年代に、野生動物を使ってどうやってあれほど上手く演出することができたのかとほとほと感心するんだ。
”Do something!Do something!"
初めからキャサリン・ヘプバーンの登場シーンから愉快だ。ゴルフコースで初めて二人が偶然出会うシーン、間違ってケーリー・グラントのボールを美しいフォームで打つところから、二人の関係が象徴されて、そのあとはヘプバーンが平気で相手の車をぶつけるは、パーティーでグラントを転ばせたり、燕尾服を破いたり、財布泥棒の濡れ衣を着せてしまったりと、もうはちゃめちゃな展開になる。 それでもお転婆なお嬢様のヘプバーンが、パーティドレスのお尻が破けて下着が見えているのに気 づいた時のセリフ"Do something!Do something!(何とかしてよ!何とか!)"って言うのが秀逸だ。
抑制されるクロースアップ
この映画の中でのヘプバーンは、悪気がないのに終始グラントを振り回して、わがまま放題のヒロインに見える。この映画でのホークスは、スクリューボール・コメディならではの早口のセリフ回しに加えて、 ほとんど人物のクロースアップを撮らない。これが観客に人物の感情を読み取りにくくして、破天荒さを強調することになっている。もし、この映画を観て感情移入しにくいと思ったら、恐らくそのせいだ。ヘプバーンが泣きながら、あなたのことが一目惚れで大好きなのに、することなすこと全部裏目に出るの、って告白するシーンでようやく寄ってくるから、観た人はたぶんみんな、その瞬間ヘプバーンにキュンとする。
ホークスの美女たち
騒動に巻き込まれる少しトボけた警察署長にヘプバーンがするはすっぱな女の仕草とか、紛れ込んだ2頭目の凶暴な豹と知らずに、首に縄をつけて捕まえてくるヘプバーンの強者ぶりとか、ラストシーンで結局助け上げられるとか、普段は男性を翻弄するくらい勝気で自立しているけれど(大抵ともに闘うほどだ)、それでもなお気弱な部分を同居させている女性を描いたら、ホークスの右に出る者はいない。 後年の「リオ・ブラボー」のフェザー(アンジー・ディッキンソン)、ハタリ!」のセラフィナ(エリザ・マルティネリ)の原型がすでにここにあるのに気がついて、一人で嬉しくなって、夕暮の映画館を後にした。