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ものすごい瞬間

嬉しい瞬間だった。

1歳9ヶ月の娘がひざの上で鉛筆を持つ。
まだおぼつかない小さな手で
鉛筆で目を刺したりしないよう
持ち手が長すぎたりしないよう
紙をはみ出して
机に書いてしまわないよう
時々その小さな手元を
親の手で覆って教えていく。

「邪魔だ」「私のしたいようにする」
と言わんばかりに
その小さな手は親の手をはねのける。

邪魔しないで。
でもそばで見ていて。

身に覚えのあるその感覚を
こんな小さい頃から備えているのだから
人間というのは面白いと思わされる。

君が産まれるまでの間
私は、正直に正直に胸の内を話すと
「イヤでイヤで仕方が無かった」
親になるという重圧に押しつぶされそうで

高田渡さんの歌詞を思い出した。

僕がこの世にやってきた夜
おふくろはめちゃくちゃに嬉しがり
父はうろたえて質屋に走り
そのまま酒屋を叩き起こしたのだ

ものすごーーく理解できる。

でも、そのイヤな気持ちも
逃げようの無い重圧も
きっと我が人生において最も重要な
「この子のために生きる」
という大きな大きな決意のための
必要な時間だったのだと
今では思う。

分娩室から出てきた娘を
初めて抱いた時に
身体中の遺伝子が
ぶわっ!となった

そんな存在が今では
私のひざの上で嬉しそうに鉛筆を持つ。

先日初めて絵のようなものを描いて
「とうちゃん!!」
と指さしたのがトップの画像。

これはね、とんでもないことなんですよ。
その手で絵を描いた
私を描いた、とんでもない瞬間なんですよ。
妻は「なぜ私を一番に描いてくれない?!」と
怒っていましたが。笑

これがかの有名な親バカというものか。

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